第四十一話 エポロス学長
そんなこんなでポラリス学院の学長室までやってきました。学長は私が昔学生だった頃と同じ人のようだけど、入学式や卒業式で訓示してるのを遠目に見た位だから実際に会ったことはないんだよね。ノックをすると「どうぞ」と返答があり、ドアを開けて中に入ると大きな執務机がまず目に入り、その後ろにある総革張りの椅子に50才くらいの銀髪に豊かな髭を蓄えた男性が座っていた。ぱっと見は好々爺といった印象を受ける。
「エポロス学長、リファさんをお連れしました」
「ご苦労様、下がっていいよ。」
学長の労いの言葉を貰い、ここまで案内してくれた秘書らしい女性が退室する。
「君がリファ君だね、私の名はエポロス・アポロニア、このポラリス学院の学長を務めている。この度は突然の臨時講師の依頼を引き受けてくれたことに深く感謝している」
「リファと申します、宜しくお願いします。私ごときが学問の最高峰として名高いこの学院で優秀な学生の方たちに物を教えるなど烏滸がましいとは思いますが、何か一つでも参考になることがあれば幸いです」
「いやいや、君の斬新な治療手技は伝え聞いた範囲だけでも驚愕に値すると教授や講師も口々に言っておった。その君の話が聞けるとなれば間違いなく学生が得る物は大きなものとなるだろう。しかし噂の才媛がこれほど可憐な少女とは思わなかったよ。聞いたところでは平民だという話だが、貴族の血が入っていたりはしないのかね?」
「勿体無いお言葉です。残念ながら聞いた範囲では我が家は先祖代々平民、と聞いています」
「王族の血が入っていても違和感のないレベルにも思えるが……今後その高い能力も相まって様々な縁談が舞い込んでくるだろうが、何か困ったことがあったら相談に乗らせてもらうよ。これでも一応侯爵でもあるのでね、顔はそれなりに効くんだ」
最近色々な人に可愛い可愛い言われるけど、正直王族とかと比べたら大したことないと思うんだけどな。ぶっちゃけミリューの方がずっと可愛いと私は思ってる。貴族は能力主義なところがあるけどあまりそれ目当てだと聞こえが悪いから大げさに容姿を褒めるんだろうね。
「お気遣いありがとうございます。私のような平民に興味を示すような方が貴族の中にいらっしゃるとは思えませんが、その際には御迷惑をおかけするかもしれません」
「うむ、その時は遠慮せずに頼ってくれたまえ」
「お気持ちはありがたいのですが、学長。リファ君はハミルトン領にとってとても重要な存在でしてね。当家としては領外にお嫁に出すつもりはこれっぽっちもないのですよ」
「君は……魔道具部門の鬼才と呼ばれたヴァイド君か。聞いた話では君がリファ君をハミルトン家に引き入れたそうだね。手塩にかけた彼女の存在が大切なのは理解できるが、年頃の女性を囲い込んで良き相手を探すのを妨げるのは如何なものかな?」
「いえいえ、女性の幸せが結婚にあるなどという考えは必ずしもすべての女性に当てはまるわけではないと僕は常々思っているのです。実際リファ君は薬師としての仕事にいつも真摯に向き合っていますし結果も出し続けています。彼女は見ての通りとても魅力的な女性ですからその気になればいつでも相手なんて見つかりますし、焦る必要はないかと」
「いやいや、女性の適齢期は短いと聞く。リファ君は18歳と適齢期でもあるから最良の相手を見つけるためにはできるだけ早く動いた方が彼女自身のためだと思うがね」
なんだろうこれ。私の話のはずなのに学長とヴァイドが二人で笑顔でいがみ合ってる……。私ここに講師として来た筈だよね。なんで縁談とか適齢期の話になってるの。とりあえずヴァイド、頑張って。
「ハミルトン家としてもリファ君にために色々とその点については動き始めているのです。まだ確定はしていませんがいずれ発表されることになるでしょう」
え、何それ。私誰かと婚約することになってるの?発表って何?クラヴィス、私全然その話聞いてないんだけど。
「ほう、良いお話が陰で進められているというわけかね。それはお相手が楽しみだ。話が随分とそれてしまったようだが、そろそろ教授の紹介と学内の案内を始めるとしようか」
むぅ。発表云々に関しては後でクラヴィスにはきちんと確認しておかなきゃいけないね。
学長室を出た後はそれぞれの学科の教授と面通しし、いくつもある講堂の見学へと続いた。ポラリス学院には騎士科、貴族科、薬学科、医学科、異能科の5つの学科があり、今回行うことになっている私の講演は薬学科と医学科の学生向けになる。ここの学生だったわけだから学内の構造は勿論把握してるし、特に迷うこともない。今一番気がかりなのは『カリス』と因縁のある薬学科の教授だ。彼とは近いうちに決着を付けることになるだろうから気を引き締めていこう。多分無理だろうけど、なるべく穏便に済めばいいなあ……。




