第三十九話 臨時講師
「リファ君、すまないが君にポラリス学院の臨時講師として働いてもらうことになった」
「ふぐっ!……ごほっごほっ……え、ポラリス学院って王都の……ですか?」
まともに紅茶が気管に入った僕は咳き込みながらハワードに聞き返す。
「うむ、そのポラリス学院だ」
「あなた、どうしてその学院にリファちゃんが講師として行くことになったの?」
「マティアス国王からの依頼だ。『天上の癒し手』と名高いリファ君に学院の薬学科、医学科で講師として講義をして欲しいとのことだ」
「こ、講義って……私はそんな大それたことが出来るような人間じゃありませんよ!?人に何かを教えた経験だってありませんし……」
「さすがに学者の研究発表のような高度で先進的な講演を期待しているわけではない。あのレジェンディア侵攻時のような実戦における治療手技と医療チームの動かし方を教えてほしいそうだ。これは実際に実地でやってのけた君にしかできないことだと私も思う」
「正直それだけが目的じゃないとは思うけどね。あの王様はかなり食えないお人だからBPのことも含めリファ君の調査に本腰を入れてきたってことだろうね」
「要するに、もっともらしい理由をつけてリファ君を王都に呼びつけ、調べようという訳か」
「しかも『臨時』とあるように『あくまで一定の期間であってそれが過ぎたらちゃんと返す』って前置きしてるから尚更こっちも断りにくいというね」
「王からの依頼という時点でこちらはまず断ることはできん。ある程度こちらの意思も汲んでくれているだけありがたいと考えるしかあるまい」
「やはり、私に拒否権はないわけですね……」
ようやく落ち着いたと思ったらこれですよ。もうやだ、お部屋帰りたい。
「リファ君には負担ばかりかけて申し訳ないが、ハミルトン家として最大限のサポートをすると誓おう。さしあたってはクラヴィス、ヴァイド、そしてミュリエラを一緒に王都に行かせる」
「私としては皆さんに一緒に来て頂ければ頼もしいことこの上ないんですけど、御迷惑では……?」
「何を水臭いこと言ってるのよ、リファちゃん。一人で王都なんかに行かせるわけないでしょう!必ず私達が守ってあげるわ!」
「そうそう、僕らが今度は万全の体制で危険から遠ざけるから安心して」
「もう二度と君を攫わせたりはしない。私たちに君を守らせてくれ」
「皆さん……ありがとうございます!正直臨時講師なんて不安しかないですけど精いっぱい頑張ります!」
「うん、とっても君らしいけど、どちらかというとそっちよりも王族とか天神教とかの動きに気を付けてね」
皆さんの温かい気持ちに活が入り、臨時講師としての使命に燃えていた私にはヴァイドの呆れ気味の忠告は全然耳に入ってこなかった。
※※※※
※クラヴィス・ハミルトンの焦り
リファ君がポラリス学院に臨時講師として招聘されることになった。褒賞の場で国王が彼女に目を付けているのはわかっていたし、いずれ王族から何らかの動きはあると踏んでいたが、まさか王城ではなく学院への招待とは思わなかった。あえてワンクッション置くことで向こうの意図をぼかし、アプローチは影から行うつもりなのだろう。非常にうまいやり方ではあるが、いざ狙われる側となると厄介この上ない。
今回の招聘、何が問題かというと神人として狙われること以上にリファ君が大多数の目に晒されることにある。先日の褒賞を受け取る際は期間も短く、謁見の間以外は公の場には出なかったからそれほど問題にはならなかったのだが今回は全く状況が異なる。講師として講演をするということは、沢山の学生は勿論、興味を示した講師、下手をすると一般人の見学者までいるかもしれないのだ。そして当然王族や天神教の連中もリファ君に接触してくるだろう。
あの獣人の少女、ミリュー君と再会してからのリファ君は何というか、その……以前とは随分感じが変わりつつあるのだ。少し前までは慌てると一人称が『僕』になっていたし、振る舞いも所々男性らしい仕草が残っていたのだが、最近急にそういった男性的なものが消え失せ、もはや完全な『女性』になりつつある。元々容姿が非常に整っている彼女が女子力を身に着けてしまうと、もうこれは凶器に近い。最近ようやく耐性がつきつつあった私でも不意打ちで彼女に笑顔を向けられると一瞬固まってしまう位だ。
実際領軍の中で彼女は既に「領軍の天使」、「癒しの女神」、「天然聖女」などと陰で呼ばれるほどの人気を誇り、ファンクラブまで出来ていると聞く。勿論『天然』な彼女自身は全くそれに気付いていないのは言うまでもない。
最近リファ君が領軍の訓練施設に来ている時を見計らってわざと軽傷を負い、彼女に診察して貰おうとする輩まで出始めているという話だし……そういう連中には3倍のトレーニングを課してやるとしよう。決して私情を挟んでいたりはしない。
ハミルトン領ではミリュー君とレイナ君が彼女を守ってくれるが、王都では危険も多く二人だけで完全にガードするのは難しいだろう。そこを私達が穴埋めするために同行するのだ。
王族、天神教からリファ君の秘密を守り、かつ彼女に不埒な目を向ける輩からも守るため、より一層の鍛錬を積み万全の体制を整える必要があるな。




