第三十四話 強襲
リファが尋問を受け始めた頃、ゲゼル家別邸の周囲には数人の黒を基調とした衣服を身に纏った者が潜んでいた。クラヴィス、アーヴィン、ヴァイド、レイナ、そしてミリューである。
「クラヴィス様、つい先ほどリファ様がこの屋敷に運ばれるのを密偵が確かに目視したとの報告を受けています」
「屋敷の何処にいるかわかるか?」
「リファ君に持たせてる追跡用魔道具の反応を確認したところ一階にある書斎のようだね」
「いつも思うがお前の魔道具便利だな。で、これからどうする?」
「これも有効距離がまだまだ短いからある程度近づかないと役に立たないのが難点だけどね」
「国境を越えられてしまった以上時間をかけるわけにはいかない。強襲し、侵入し、奪還する」
「わぁお、端的でわっかりやすい。でも俺そういうの好きだぜ」
「茶化すな、アーヴィン。まずヴァイドの爆破系魔道具で裏口をこじ開ける。次に私とお前が一階にいる者を片端から斬る。ただしゲゼル伯爵だけは生け捕りが望ましい。殺せば事が大きくなるからな。ヴァイドは裏口で待機、そしてレイナとミリューはリファの捜索に当たってくれ」
「了解。逃げ道は確保しておくよ」
「わかりました。この命にかえてもお救いして見せます」
「ん、わかった」
できることならばレジェンディアに入る前に救出したかったが、予想以上に動きが早く国境を越えられてしまった。その上でこちらもまともに関所を通ろうとすれば更に時間をロスすることになる。そこでヴァイドが提案したのが地下坑道だ。レジェンディア侵攻の際に収集したデータを元に開発した掘削用魔道具を使うことで地面を掘り進め、数十メートル程度離れたところにまで地下坑道を伸ばせるというのだ。早速国境ギリギリの人気のない所から掘削用魔道具を使い、一時間程度でレジェンディア側に地下坑道の出口を作り、それを通ることで短時間かつ秘密裏に国境を超えることができた。
そして強襲作戦開始の時が訪れる。
「始めろ」
ドォン!!!
クラヴィスの号令から一拍おいて裏口に投げつけられた爆破系魔道具が光と炎を撒き散らして轟音と共に炸裂する。そしてヴァイド以外の全員が爆発により倒れ伏した護衛を尻目に裏口からなだれ込んだ。
「何の音だ!?……ぐぅっ!……」
「奇襲です!ゲイマルク様を逃がして……がはっ……」
「くそっ!こいつら腕が立つぞ!……ぐぁ!」
屋敷の中はそれほど広くは無く、爆音を聞いて集まってきた家人も数人程度でありクラヴィスとアーヴィンにより瞬く間に切り伏せられる。しかし、書斎と思われる部屋から飛び出してきた黒髪に細目の男だけは別格であった。恐ろしいほどキレのある動きでクラヴィスと互角に渡り合う。
「おやおや、折角良い所だったというのに空気の読めない人達ですね」
「リファはここにいるのか。早々に返して貰おう」
「これほど早く追いつくとは思いもしませんでした。随分と彼女は大切にされているようですね。っと、さすがに二対一では厳しいですかね」
シドは口では厳しいと言いながらもその顔と口調からは余裕が感じられる。クラヴィスの正道ともいえる剣筋、アーヴィンの剛剣いずれに対してもまともに受けることはなく力をうまく逃がし、人体の稼働領域からは予想もしない角度から反撃を繰り出してくる。そのトリッキーな動きにアーヴィンはやや押され気味になっている。
「ちっ、なんだこいつ……やりにくいな!」
「アーヴィン、深入りするな!倒すことよりもこの場から引き離すことに集中しろ!」
「おやおや、突っ込んできてくれれば有難かったんですがね。麗しい兄弟愛という奴ですか」
「無駄口はいい」
クラヴィスの横から黒い影がシドに向かって一直線に向かっていき、正面から斬りかかる。
「死ね」
「おっと、まだお仲間がいましたか」
キィンッ!
振り下ろした短剣をいなされ、後方に飛んだミリューがその姿勢のままナイフを八本纏めて投擲する。シドはこれにも危なげなく対応し全てのナイフを叩き落とすも、視界の端にいたレイナが何かを振りかぶるのを確認するのがほんの一瞬遅れた。そして何が自分に投げつけられたのかを理解した瞬間、「カァッ」と閃光が目を襲う。咄嗟に片目は瞑ったので片方には視力が残されたが、この状態で四人を相手取るのはさすがに分が悪いと判断し、一旦距離を取り呪文を口ずさむと足元から闇が噴出する。
「残念ですが潮時のようです」
「こいつが例の闇の魔術師か!?なんつーレアな……」
「ちぃっ!!」
驚愕して一瞬固まるアーヴィンを尻目にクラヴィスがシドに切りかかるも手ごたえが無い。闇が消えた時にはシドは影も形もなかった……。クラヴィスはすぐに気持ちを切り替えて残党の処理とゲイマルクの捜索を開始し、ミリューとレイナを先に書斎に向かわせた。




