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第三十三話 尋問


 ハミルトン領とレジェンディア王国との国境には高さ3mの木製の柵が建てられており、その隙間には鉄条網が張り巡らされている。そのため、国境を超えるには人の出入りを厳戒態勢で制限している関所で本来であれば何日もかけて厳密な審査を受ける必要がある。しかし今関所に入ったばかりの少女を背負った男は一時間もしない内に関所を通過してしまった。王族の通行許可証がある場合は特例で極端に審査を簡略化されるのだが、まだ若いその男はそれを所有していたというのだ。親戚だと主張しているとはいえ意識のない人間を背負っている時点で怪しいことこの上ないのだが、王族に否を突き付けることなどできようはずもなく、職員はそのまま彼らを通過させることとなる。


 シドはリファを領軍の訓練施設(グランチェスタ)から連れ出した後は二人乗りで馬を全速力で駆けさせ、疲労が見えればまた次の厩舎で新しい馬に乗り換える。そうして四頭もの馬を乗り捨てることで通常では考えられない程の短時間で関所に辿り着いたのだ。そして関所はゲゼル伯爵が用意した王族の通行許可証を用いて何事もなく通過する。関所を出てからまた新たな馬に乗り換えたが、国境を越えたことで速度を緩め、国境近傍にひっそりと佇むゲゼル伯爵家の所有する非正規の別邸へと向かう。


「……う……ん……」


「おや、目が覚めましたか?まだ体はうまく動かせないでしょうから大人しくしていてくださいね」


「……こ……こは……?」


「もう既にレジェンディア国内です。暴れても無駄ですよ」


「…えっ!?」


「大急ぎで国境を越えさせて貰いました。今はゲゼル家の別邸に向かっています」


「降……ろして下さい。そんな所……行きたくないです」


「人間諦めが肝心ですよ。ほらもう見えてきました」


 シドの言う通り、二階建ての貴族としては小振りな屋敷が遠目に見える。抵抗しようにも体は殆ど動かず、成すすべなく屋敷の中へと連れ込まれた。中に入ると執事が出迎えてきてシドが小声で何か指示を出している。その後本棚が四方にあり、中央にテーブル、そしてそれを挟んでソファが二つある部屋へと運ばれ、ソファに座らされた。まだ体に力が入らずソファに体を預けていると、背の低く肥満体で脂ぎった蛙のような顔をした男が部屋に入ってきた。反対側に座っていたシドの隣にその男が座るとソファが傾いたような錯覚を覚えた。


「ゲイマルク様、お待たせして申し訳ありませんでした。こちらが例の方です」


「この女が『天上の癒し手』か?思っていたより多少幼いが確かに整った容姿をしているな」


「容姿もさることながら薬師としても折り紙付きですよ」


「ふむ、この見た目だけでも十分価値はあるが、噂通りの実力まで兼ね備えているとなれば高位貴族にも買い手が付きそうだ。わざわざ理由をでっちあげてまで王に許可証を作ってもらったのだ。元を取らせて貰わねばな」


「明日の朝には本邸に向かう予定ですから時間があまりありません。早速ですが尋問を始めさせていただきますね」


「うむ、任せる」


 シドが僕と正面から向き合い、薄笑いを浮かべる。僕はここにきてようやく体に少し力が入るようになったので背もたれから背中を離し、シドを睨みつける。神力を使えるかはこの部屋に来てすぐに確認したが全く神力を感じられない状態だ。


「異能力は封じさせて頂きましたから抵抗は無意味です。それでは質問に答えて貰いましょう」


 力を使おうとしていたのは既に見透かされていたらしく、釘を刺される。よく見ると両腕に見覚えのない腕輪がいつの間にか掛けられていて、これらが力を封じているのだろう。


「まず、あなたは薬師であり天上の癒し手で間違いないですね?」


「……その名に相応しいかどうかは別として、そう呼ばれているようです」


「ふむ、どうやらこの名はお嫌いのようですね。ではリファさん、あなたは18歳でグリフィス出身ですね」


「……はい」


「グリフィスで生まれ、13歳の時に父を戦争で、15歳の時に母を病気で亡くした。そしてその後薬師のフランという方に師事することになった」


「……はい」


 ここまではヴァイドに作ってもらった経歴どおりなので首肯する。


「そしてフラン氏が病死した後にハミルトン家に薬師として住み込みで勤めることとなり、現在に至る」


「……はい」


「ふむ。特に経歴におかしな所はありませんね。ですが、逆に『完璧すぎる』と私は感じました」


 尻尾を既に掴まれていると感じ、背筋がゾワッとする。


「私はこう思うのです、ハミルトン家に至るまでの流れが不自然なほど、『自然すぎる』と」


「それが一体どうしたというのだ。この女の過去など関係ないだろう」


「いえいえ、これはとても重要なことなのです。全ての違和感は彼女の経歴が『作り物』であるとするなら説明がついてしまうのですから」


「なんだと!?ではこいつは一体何者だというのだ」


「それを確かめるための尋問なのですよ、ゲイマルク様。とはいえ、反応を見る限りおおよそ見当はつきました。次は本題に入りましょう」


 どういうこと?経歴詐称は本題ではない……!?


「最近ハミルトン領で使われ始めたこちらのポーション、ご存じですよね?」とBPを差し出す。


「……はい、祝福されたポーション(BP)です」


「単刀直入に聞きます。これを作ったのはあなたですね?」


「ッ!?……違います」


 あまりの直球に飛び上がりそうになるがなんとか表情を変えまいと堪える。


「BPが出回り始めた時期とあなたがハミルトン家に入った時期が一致することについてはどう思いますか?」


「……そうなんですか、知りませんでした。私はただ納品されるBPを振り分けているだけなのでよくわかりません」


「そうですか。それでは次に、≪神人≫という種族を御存知ですか?」


「……ッ!?……」


 今度はさすがに絶句してしまう。この男はどこまで知っているのか、何が目的でそんなことを聞くのか……底が知れなくて全身に鳥肌が立つのを感じる。とはいえあまり間を開けるのもまずい。


「……伝説上でそういった人達がいた、という話は聞いたことがあります」


「伝説上……ね。エインヘリアル帝国に実在するという噂もありますが。『天上の癒し手』とされるあなたはその先祖返りだったりしませんか?」


「違います」


 先祖返りでは絶対にないのだからこれには即答できる。シドは初めてほんの少しだけ瞠目したがすぐに元の細目に戻る。


「そうですか、稀にですが神人の能力を一部とはいえ扱える『先祖がえり』と呼ばれる人がいるのです。てっきりあなたが『それ』で素性を隠すために戸籍を操作したのかと考えていたのですが……私の勘違いだったようですね。ゲイマルク様、後は細かい確認になりますので先にお休み下さい。得られた情報については後で纏めて報告しますので」


「ん?そうか、では後はお前に任せよう。だが手は出すなよ。高く売れなくなるからな」


「勿論でございます。それでは良い夜を」


 ゲイマルクが大きな腹を揺らしながら退室すると、入れ替わりに入ってきた執事がリファからは死角にある本棚に置かれた香炉にそっと火をつける。


「後は雑談程度の質問です。気を楽にして下さい。」


 確かにその後の質問は通常のポーションの作成法やハミルトン家の人間に対する印象、果ては好きな食べ物など取り留めもないものばかりであった。緊張が続いていたこともあり、ほんの少し気が緩んでいたのは事実だがいつの間にか頭の中に靄がかかり始めてきたのを自覚する。何かがおかしいとは思いつつも、その何かがわからずその違和感すらも靄に取り込まれてしまう。更に体の力もうまく入らなくなり、またソファにもたれ掛かることになってしまった。ここにきて薬を盛られたことにようやく気が付く。


「……あ、う……これ……自白……の……?」


「なんと、そこに気が付いてしまうとは、本当に優秀な人だ。無香の自白剤なのですが。私の弟子になれば稀代の暗殺者になれるかもしれませんね」


「あんさ……なんて……や……です」


「おやおや、振られてしまいましたか。……そろそろ頃合いですかね、改めて聞きましょう。あなたがBPの製作者ですね?」


「…………は……い」


 絶対に認めまいと思っていたことを肯定してしまったことに唖然とする。自分の口が自分のものではなくなってしまったかのようだ。


「それでは製作法を教えてください」


「……人……に教えても……無理……僕以外は……作れない」


「……成程。では……あなたは≪神人≫の先祖返りですか?」


「……違う……」


「ふむ。……では……まさかと思いますが、≪神人≫なのですか?」


「…………」


 何かに抗おうともがいてみるも、朦朧とした頭では何をそんなに頑張るのかもわからなくなり、やがて頷いてしまいそうになる。まさにその時、ドォン!!という轟音が屋敷を揺らした。



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