第三十話 歪んだ笑み
王都から帰ってから2週間、何事もなく日々を過ごしていたが今日は久しぶりに領軍の訓練施設に向かうことにした。先日ブレスレットを渡したソフィーに御礼を渡したいから来てほしいと言われていたのだ。ちょうどBPの納品日でもあったのでレイナと共に馬車で出発する。訓練施設の薬品庫兼控室に到着するとすぐに薬師のソフィーが出迎えてくれた。
「お久しぶりです、リファさん。いつも可愛いですが今日はまた一段とお洒落な服装ですね!」
「あはは……ありがとうございます。ミュリエラ夫人から頂きました……」
先日ミュリエラにプレゼントした羽根扇が相当お気に召したらしく、王都で新しく流行した服が出る度に僕の服も増える日々が続いている……おかげで毎日違う服を着ても丸1か月は被ることが無いのだ。
「元がいいから特に栄えるんでしょうねぇ。同じ女として羨ましいです。あ、これブレスレットのお礼のハンカチです」
「これは……とても綺麗な薔薇の刺繍ですね。もしかしてこれは……」
「はい、自分で縫いました。実は私刺繍が昔から大好きで唯一の取り柄なんです。今度姉のウェディングドレスにも私の刺繍を入れて貰うことになってるんです」
「それは凄いですね!こんな上手な刺繍入りのハンカチ初めて貰いました。ありがとうございます、大切にしますね!」
ハンカチを鞄に大切にしまい、BPの納品も済ませた後は紅茶で一息つくことになる。
「そういえば今日はソフィーさん以外の薬師さんはいないんですか?いつもは3人体制でしたよね」
「それがですね、聞いてくださいよ。今日の当番だった二人共食中毒で急に休みになっちゃったんです」
「食中毒ですか!?」
「はい、この前貰った差し入れが悪くなってたみたいです。美味しかったみたいで二人であっという間に全部食べちゃったらしく私は一つも食べれなかったんですけどね。バチが当たったんですよきっと!」
万能にも見えるポーションも基本的に病気には効かず、病気にあった薬を調合するしかない。そして食中毒は特効薬が無いので体から毒素や原因菌が抜けるのを待つしかないのだ。
「それはまた、災い転じて福に……って感じですね」
苦笑しながら持参した手作りのクッキーをお茶うけに紅茶を楽しんでいたところ、突然部屋のドアが乱暴に叩かれた。レイナがすぐに警戒態勢に入るも、とりあえず許可を出し入って貰うことにする。
「失礼します!第五師団の女子更衣室にて急病人が出ましたので薬師の方にすぐに来てほしいとのことです。私が御案内します」
「わかりました、すぐに向かいます」
入ってきた若い男性騎士がそう言うとソフィーが即答し、薬品箱を用意する。それを見て僕も「一緒に行きます」と伝え同行することになった。
彼に付いて足早に第五師団の女子更衣室に向かう。更衣室に入ると三人の女性が唸りながら腹を抑えて蹲っていた。診察したところ、差し入れのお菓子を食べていたら急に吐き気が催してきたこと、同時に全員が発症しかつ発症までの時間が短いことから食中毒よりも毒物の関与が疑われた。とりあえず水を飲ませた上でわざと吐かせ、胃洗浄を行うことを決定し、準備を整えていたところ、また若い男性騎士が飛び込んできた。
「すいません、男性更衣室でも急病人が出ました。リファさん、すぐ来て貰えませんか?」
「え?私ですか?」
「はい、あの名薬師として名高いリファさんにお願いしたいのです」
顧問薬師のソフィーを差し置いてとは思ったが、ソフィーを見ると全く気にしていない様子でどうぞ行ってくださいと身振りで答えてくれる。仕方なく「わかりました」とレイナと一緒に騎士に付いていくことにした。
男性更衣室に着くとなぜか騎士がドアを開けた状態で入室を勧めてきた。少し訝しみながらも部屋に入ると、レイナが入る前に騎士が勢いよくドアを閉じ、部屋の中に僕だけが残されてしまう。
「何をするんですか!?早くドアを開けなさい!」
「残念だが用があるのはあの女だけなんだよ。お前にはここで死んでもらう」
「何ですって!?」
「……っ!?」
どうやら僕は嵌められたらしい。ドアの向こうから騎士とレイナの激しく切り結ぶ音が聞こえてくる。慌ててノブを掴みドアを開けようとするも何かの魔術がかかっているのかビクともしない。どうしたらいいのか冷や汗をかきながら悩んでいると、後ろからねっとりとした気配を感じ振り返った。すると……
「よぉ、久しぶりだなぁ。天上の癒し手」
以前絡んできたケフィカ・アーガイルが歪んだ笑みを浮かべながらそこに立っていた……




