第二十七話 謁見と褒賞
あれから色々あり、僕は今グランマミエ王国の王城にいる。どうしてこんな事態になったかというと、話は数日前に遡ることになる……
「今回のレジェンディア侵攻を食い止めた我らハミルトン領軍に国王からの褒賞が与えられることになった」
とハワードが朝食の場で切り出したのだ。あれほど活躍したのだから当然なのかな?と暢気に紅茶を飲みながら考えていたところに
「我ら一家は当然だが、リファ君にも同行して貰うことになる」
「ふぐっ!?」
あまりの衝撃に変な声が漏れてしまう。危なく紅茶を噴くところだった。
「あなた、それじゃ説明が足りな過ぎてリファちゃんが吃驚しちゃうわよ」
「ああ、そうかすまない。今回の治療テントにおけるリファ君の薬師としての貢献と師団長であるクラヴィスの命を救ったこと、これは領内で五本の指に入るほどの功績と言える。そんな君に国王からの褒賞が与えられるのは当然と言えるだろう」
「え……え、でも私は国王様の前に出られるような身分ではありませんし……」
「平民とはいえ、我らハミルトン家が後見しているようなものだ。特に問題ないだろう」
頑張ってごねてはみるもあっさり却下される。実際王からのお呼びとあれば断るわけにもいかないのだろう。ミュリエラとクラヴィスが心配そうに、アーヴィンとヴァイドは楽しそうに僕を見ていたが、溜息をそっとつきながらも「分かりました、失礼のないように気を付けます」と答えた。
※※※※
そんな訳で今僕はハミルトン家の方々と一緒に謁見の間に入るところだ。重厚な扉が開かれ、豪奢な作りの謁見の間に足を踏み入れる。シミ一つ無い深紅のカーペットの上を皆さんに遅れないように、されど下品にならないように足早に付いて歩く。そして王座の前で全員が片膝をつき、跪いて頭を垂れる。
「国王陛下、ご入来」
高らかな宣言が聞こえると、それに続いて王座に向かう足音が複数聞こえる。
「よく来てくれた、ハミルトン領の英雄達。面を上げよ」
国王であるマティアス・ラグネア・グランマミエの言葉を受けて頭を上げる。初めて見るが、40歳代半ば位で肩まで届くストレートの金髪に碧色の瞳を持ち、美形ながらも渋さも兼ね備えた美丈夫だ。玉座の隣に座っている女性が正妃であるラフィリア・ラグネア・グランマミエだと思う。こちらも40歳位でふわふわのカールのかかった長い金髪に蒼い瞳を持つ美しい熟女だ。あと胸が異様に大きい。僕の3倍はありそうだ。
「この度のレジェンディアの侵攻にあたり、ハミルトン領軍は戦力が敵軍の三分の一という圧倒的に劣勢な状況ながら最小限の被害に留め、援軍の到着まで持ちこたえただけでなく奴らを敵地まで押し返す上でも多大な戦果を上げたそうだな。国民に代わり改めて礼を言おう」
「勿体無いお言葉、恐悦至極に存じます」
「そなた等の功績に応えるために褒章を与えようと思う。何か希望はあるか?」
「はっ。恐れながら申し上げます。我がハミルトン家は辺境伯であり、隣国との開戦時には国王陛下の第一の槍と盾として働くことが当然の義務でございます。あくまで義務を果たしただけですので特別な褒賞などは頂かずとも陛下の御言葉を頂けただけで光栄至極でございます」
「なんとも欲のないことよな。其方のその実直な所がまた気に入ってはいるのだが」
苦笑したマティアスが近くに立っていた男に小さな宝石箱のようなものを持ってこさせ、ハワードの目の前で箱を開けさせるとその中には鷹の意匠を施した5cm程の大きさの金色を主体とした勲章が入っていた。
「流石に今回の功績に対し何も渡さぬ訳にはいかんのでな。一番の功労者である其方らが受け取らねば他の者達も困るであろう?」
からかう様な笑顔でマティアスが言う。見た目は威厳のある近寄り難い印象だが、意外と気さくな方なのかもしれない。
「其方らも承知のようにこれはノスリ勲章と言い、勝利の象徴である鷹を象ったものだ。軍事作戦において多大な戦果をもたらし国家に勝利をもたらした立役者に与えられる」
「過大な褒章、矮小な我が身には身に余る光栄とは存じますが、有難く頂戴させて頂きます」
ハワードが勲章を受け取った後は退室するだけと気を抜いたのがまずかったのか、国王が僕に視線を向けてきた。
「其方は見覚えが無いな。これだけの美しい少女であれば忘れることもなかろうが……ハミルトン家の者か?」
「はっ……い、いえ、私はリファと申しまして、ハミルトン家に務めさせて頂いている平民の薬師にございます」
「ほう、ということは其方が例の『天上の癒し手』か?」
国王がまた人の悪そうな顔で爆弾発言をしてきたので卒倒しそうになった。周りの貴族達にもざわめきが広がり、「あの少女が……」「小柄ではあるが随分見目が良い」「死者までも蘇生せしめたそうだ」なんて声まで聞こえてくる。いや死者蘇生とか無理だし。そもそもなぜ国王までその渾名を知っているのか、そして今このタイミングでその話を持ち出すのか……本気で泣きそうになる。膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えているとハワードが助け船を出してくれた。
「陛下、恐れながらそういった渾名は戦勝に浮かれた兵士が戯れに叫んだものでございまして真実を捉えたものではございません。確かに彼女は優秀な薬師であり今回の侵攻でも多大な貢献をしてくれましたが、流石に天上の、というのは言葉が過ぎるかと存じます」
「そうか、其方がそう言うのであればそうなのであろうな。そういった戯れが存外事実を捉えていたりすることもあるからこの世は斯くも面白いものだと余は思うが」
何やら微妙に色々と匂わすようなことを言われたり、ハワードとマティアスでお互い腹の探り合いをしていたような気もするけれど、その後はなんとか無事退室することができた……こんなに緊張したのは生まれて初めてだ。早くおうち帰りたい。
「リファ君には一言も喋らせずに済ませたかったのだが……君を庇いきれずすまなかった。」
「リファちゃん、お疲れ様。堂々としてて可愛かったわよ!」
「リファ君、色々と気を遣って疲れただろう。今日は夕食を食べたらすぐに休むと良い」
「皆さん、お気遣いありがとうございます。僕は大丈夫です」
帰りの馬車内でハワード、ミュリエラとクラヴィスが優しく気遣ってくれるのが嬉しく、ちょっとだけ泣きそうになってしまった……最近どうにも涙脆くなってきた気がする。仕草もナタリーの鬼指導のせいで女性らしくなりつつあるし、このまま本当に女性そのものになってしまうのかと思うとちょっとだけ怖くなる。
「王族との謁見なんて屁でもないってね。よっ、さすが『天上の癒し手』!」
「…………むぅ」
悶々と考えていたら、アーヴィンが珍しく絡んできた。これにはイラっとしたので恨めしそうに睨んで頬を膨らませる。すると面白そうにツンツンと頬を突っつかれプシュプシュと空気が漏れてしまう。
「そんなに膨れることないだろ。二つ名なんてそうそう貰えるもんじゃないんだし」
「もぅ、やめて下さいよ。あとその渾名は本当に勘弁して下さい、泣きそうです」
先程とは違った理由で涙目になった僕を見かねたハワードとクラヴィスが「何やってるんだお前は」とアーヴィンを遠ざけてくれて助かったけれど、あの渾名がどこまで広まってるのか考えるだけで胃が痛くなる。名前負けにもほどがあるよ……。
今日は王都にあるハミルトン家別邸に泊まることになるそうだ。若干領の本家よりも小さいと聞いていたが、実際見たら普通に立派な豪邸だったことは言うまでもない。
詳しくは聞かなかったが、実際には勲章以外にも納税の一部免除、関税の一部免除、補助金の助成などといった褒賞があったそうだ。あと、僕も副賞のような感じで金貨100枚を貰えたので突然お金持ちになってしまった!
折角王都に来たということで進めたかった雑務を処理するとハワードが言っていたので今日から三日間この屋敷で過ごすことになる。許可を取れば買い物にも行けるそうだ。
ふかふかのベッドに入り、王都で何を買おうか色々と考えていたら疲れもあったのかいつの間にか眠りについていた。




