第二十五話 ハミルトン家の独白1
※ハワード・ハミルトンの感嘆
私はハワード、ハミルトン伯爵家の当主である。最近ある少女の評価が私の中でうなぎ登りに上昇し続けている。突然ヴァイドが連れてきた年若く美しい少女だが、なんと伝説級に希少とされている≪神人≫だというのだ。どういった経緯で当家に迎え入れることになったのかについては今はまだ話せないと言われたから、何か複雑な事情があるのだろう。
少女は話をしてみると非常に穏やかで真面目な性格をしており、異常に強力な効果を持つポーションであるBPを文句一つ言わずに今も大量に製作し続けてくれている。そのお陰で先日のレジェンディアの侵攻を大きな被害も出さずに耐えきることができたことに疑いの余地はなく、領主として非常に感謝している。
彼女の貢献はそれだけではない。ヴァイドの制止を振り切って最前線の治療テントに赴き恐ろしいまでに的確かつ無駄のない指示を医療班に与え、数多くの兵士の命を救ってくれた。そしてその兵士の中に驚くことに私の息子であるクラヴィスまでもがいた。誰が見ても瀕死の状態のクラヴィスの命を鮮やかに救った上に、弱音を吐いたあいつを叱りつけたと聞く。そのお陰か戦線復帰後のクラヴィスの奮闘ぶりは凄まじく、まるで戦神が乗り移ったかのような働きであったという。
優秀ではあるがあの堅物で融通の利かない息子を叱りつけ、喝を入れてくれるような女性がまさか今このタイミングで現れるとは思わなかった。クラヴィスも満更ではないようだし父親としては彼女と良い仲になってくれればこれ以上嬉しいことはないのだが……こればかりは本人達の意思もあるしなかなか難しいかもしれんな。急いては事を仕損じるとも言うし、様子を見ていくことにしよう。
※ミュリエラ・ハミルトンの決意
私の名はミュリエラ、ハワードの正妻よ。4ヶ月ほど前に当家にヴァイドが連れてきた少女、リファちゃんが可愛くてたまらないの。輝くような白銀のストレートヘアに吸い込まれるような深紫の瞳、白磁のような透き通るみたいな肌を持つ彼女を最初に見た時は私の理想そのものの天使が現れたと思い込み、思わずガバリと抱き締めてしまったわ。その後彼女が泣き出したので私もさすがに内心大慌てだったのだけれど、亡くした母親を思い出していたのだと後で聞いてそっと胸を撫で下ろしたのは内緒の話。
ずーっと娘が欲しかったのに息子ばかりがポンポンと3人も生まれるものだからフラストレーションが溜まってたところにあんな可愛くて素直な女の子が来てくれたのだもの。可愛がらない方がどうかしているわ。年頃の女の子にしては珍しくお洒落や化粧についてはあまり興味が無いみたいだけれど、あの子は素材が超一級品だから磨けば大陸一の美少女にもなれると確信しているの。それに先日のレジェンディア侵攻では褒章級の大活躍をした上に、瀕死の状態だったクラヴィスの命までも救ってくれたと聞いたわ。
これはもう御礼に私の全てのコネと知識、権力を駆使して彼女を最高の女に磨き上げるしかないわね!待っててね、リファちゃん!
※クラヴィス・ハミルトンの自覚
私はクラヴィス、ハミルトン家嫡男にして領軍第二師団団長を務めている。今私はかつてないほどに悩んでいる。リファという少女にどう接していいのかわからなくなってしまったのだ。最初にヴァイドが彼女を当家に連れてきた時、ああ綺麗な少女だなと暫し見惚れてしまったのは事実だ。だが元は30才台の男性ということで振る舞い自体はどちらかというと男性寄りであり、基本的には真面目な性格ではあるが意外に抜けている所もある。そして集中しすぎると倒れるまで根を詰めてしまう所などもヴァイドに似通っていて、これは目が離せない子だなとわかるとそれからは普通に接することができるようになった。
だが、身分を問わず誰にでも真摯に接する彼女を見るうちにいつの間にか彼女を目で追っている自分を自覚するようになった。この時は今までこんな経験はなかったし妹を見るような気持ちなのだろうと考えていた。彼女が甘いものが好きだと聞いた時は彼女を喜ばせたくて最初はおやつタイムに同席しつつ、折を見て評判の良いケーキ屋で御馳走することにした。本当に嬉しそうにケーキを食べる彼女を見ているだけでこちらまで満たされる気持ちになれた。ただ、私もケーキ好きということにしていたので彼女からもおすそ分けがあり、食後に若干胃が重くなったのは誤算だった……。
彼女自身はあまり自覚していないようだがそうそういないレベルの美少女であるため、領軍の訓練施設で護身術の指導をするにあたり人選に頭を悩ませることになった。熟慮した上で性格的に信用できる3人の新人騎士を選び彼女の指導に当てたが、問題が起きるどころか逆に彼女から騎士達の訓練カリキュラムの提案が出されたのには驚かされた。グラムの欠点を段階を踏んで潰していくに留まらず、他の二人の強化訓練も兼ねるなど素人に思いつくものではない。実際にモデルケースのカリキュラムは見事に成功し、今後も領軍の強化に充てられることになるだろう。そういえば、ケフィカとかいう愚か者がリファ君に絡み、彼女の腕に痣を作ったと聞いて試合にかこつけて半殺しにしてやろうかとも思ったが、父に「私が懲らしめておくから今回お前は動くな」と止められたので渋々諦めることにした。
そして先日のレジェンディア侵攻の際、私にとってあまりにも大きな出来事があった。第二師団を率いて敵の侵攻に対応していたが、疲労も溜まり厳しい状況になりつつあったので撤退を決めたのだが予想以上に敵の進軍が早く、誰かが足止めをする必要があったのだ。私以外にそれが務まる者がいなかったため仕方なく制止を振り切り殿を務めたのだが、多勢に無勢、徐々に傷は増え、ついには立っていることも困難な程の重傷を負わされてしまう。いよいよここまでかと思ったが、決死の覚悟で突っ込んで来てくれた部下が私を抱き上げ、治療テントまで運んでくれたのだ。そのテントにリファ君がいたことには驚いたが、もう私にはポーションを飲む力も無く彼女が飲ませようとしてくれたBPも口から零れる始末。貴重なBPを無駄にするのが申し訳なく若い騎士達を助けてくれと言ったのだが、彼女の返答は諦めではなく口づけだった……。こう言ってみると意味が分からないかもしれないが、彼女は飲む気力のない私に口移しでBPを飲ませてくれたのだ。それも2回も。
その後体が暖かい光に覆われ、ほんの僅かな時間で体がほぼ完治していることに唖然としていたら今度は彼女が私の顔を両手で掴み、ふざけるなと叱りつけてきたのだ。私には師団長としての責任がある、それを放棄するなと。私が皆にとって大切で頼りにされている存在なのだと。そして生きることを諦めるなと言ってくれた。なぜか叱りつけてる彼女の方が大泣きしているという不思議な構図ではあったが、実は泣きたいのはこちらの方だった。25年間生きてきてこれほど心の芯に刻み付けられるようなことを言われたことは無い。
彼女に助けられたこの命、もう二度と無駄にすることも諦めることもしないと誓おう。そしていい加減認めなければいけないだろう、私ことクラヴィス・ハミルトンはリファという少女に間違いなく惹かれ始めていると。




