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第二十四話 レジェンディア侵攻


 それは唐突に始まった。レジェンディア王国がハミルトン領へと大攻勢をかけてきたのだ。侵攻理由としては最近レジェンディア国内で頻発している盗賊による被害はグランマミエ王国の手引きによってもたらされた、というものだ。盗賊にしては統制が取れすぎており国の援助が強く疑われること、そして被害がグランマミエとの国境付近に集中していることが根拠だとレジェンディア側は表明している。当然そんな事実は全く無く自作自演でしかないのだが、相手が攻め込んできた以上こちらも応戦せざるを得ない。

 ハミルトン領はグランマミエ有数の強大な軍を誇ってはいるが、流石にレジェンディアが本腰を入れてきた以上領単独では旗色が悪く、序盤から苦戦を強いられていた。また他領と王都からの援軍の到着も遅れているため、現状レジェンディア軍1万5千に対しハミルトン領軍5千と三分の一の兵力での防衛を行っている。むしろこの戦力差でまだ持ち堪えられていることが領軍の強さをよくあらわしているとも言える。


 僕も知り合いの人達が命を懸けて戦っている時に引き籠ってはいられず、渋るヴァイドにお願いして最前線の治療テントへと向かうことにした。タイミングの悪いことにベテランの薬師も医師もポラリス学院の学会に参加しており残っているのは経験の浅い者ばかりだという話だ。

 ようやく到着した治療テントの中は……見たこともないような地獄だった……。


 広大なテントの中には大量の負傷者が地べたに敷いただけのシートの上に横たわっており、吐瀉物に排泄物、そして血生臭い臭いで充満し絶えず呻き声と荒い呼吸音が木霊していた。想像を絶する惨状に一瞬気が遠くなったが、唇を噛み締めて踏み止まり、両頬を『パァン!!』と勢いよく叩いて気合を入れる。

 周囲の人が突然響いた音に驚いていたが、頬の痛みで頭がすっきりしたのでまずはソフィーら薬師と医師、看護師に声をかけていく。患者数に比して明らかに人手が足りない状況なのに治療班のリーダーがいないのが一番の問題だと把握し、僕がリーダーを申し出ることにする。当然文句の声は上がったが時間も無いのでハミルトン家の威光を借りて黙らせることにした。

 まずは衛生面に問題がありすぎるので水属性の法術者を集めて大量の純水を作り、シートから吐瀉物や血を全て洗い流し、次に風属性の法術者を集めて温風を出して貰いシートを乾燥させる。そして同時に手のつけようのない人、急いで治療を行わなければいけない重傷者、急ぎはしないが重傷ではある者、そして軽傷者と患者を振り分けて急を要する重傷者から治療をしていくように指導を行った。これは以前医術書で学んだ緊急時の振り分け法だ。そして振り分けが終わり次第治療に入った。


「リファさん、この方は右腕の単純骨折のようです」


「しっかり添え木を当てて位置を合わせた上で創傷治療薬(赤ポーション)を飲ませて下さい。複雑骨折の場合は先に体力回復薬(緑ポーション)を飲ませて自己治癒力を高めてから創傷治療薬(赤ポーション)を飲ませて下さい」


「リファさん、この方は腹部の裂傷です」


「純水で綺麗に傷口を洗い流した上で創傷治療薬(赤ポーション)の半分を傷口に振りかけ、もう半分を飲ませて下さい」


「錯乱状態になっている騎士が暴れています!」


「手の空いている騎士の方に押さえつけて貰い、なんとか精神力回復薬(紫ポーション)を飲ませて下さい。最悪顔に直接かけても構いません。少しでも口に入れば正気に戻りますから」


 といった具合に通常のポーションに加えBPも惜しみなく投与し、治療を進めていくと半日程経過したところで重傷者の殆どが厳しい状態を脱した。惜しくも助けられなかった人達もいたが出来ることは尽くしたと少し安心したところで、周りが急に騒がしくなり、何事かと思っていると血だらけのクラヴィスが担架で運ばれてきた。


 身近な人のあまりの惨状にまた気が遠くなるが歯を噛み締めて堪え、付き添いの騎士に事情を聞く。クラヴィス率いる第二師団は3千の兵に囲まれながらも奮闘していたが、このままでは全滅もありうるとやむなく撤退を始め、そこでよりによってクラヴィスが殿を務めると言い出したそうだ。部下が止める間もなく敵陣に特攻したクラヴィスが善戦も及ばず重傷を負い、動けなくなったところで救い出し、なんとかここまで運んできたというわけだ。


 傷を診るためにまず甲冑を外し、インナーを切り裂いて脱がせ、血と泥を水で洗い流す。右腕に刺し傷、左大腿に深い裂傷、そして右胸から左脇腹にかけての深い裂傷を認めた。一刻の猶予もない重傷であり、慌てて1本だけ残っていた特級BP(赤)を傷口に振りかける。傷口自体は徐々に塞がり始めたがクラヴィスの呼吸、脈共に弱り始めたのがわかった。傷を癒すためには体力が必要だが、その体力が足りない状態だと判断し上体を起こして特級BP(緑)を口に当てて飲ませようとするも、既に飲む力も無いらしく流した傍から口から零れてしまった。このままでは助からないと思うと背筋がゾッとし、なんとか飲ませようとするもうまくいかず途方に暮れていたその時、かろうじてまだ意識のあるクラヴィスの口から信じられない言葉がこぼれた。


「もう……私はいい。若い騎士達を助けてくれ……」


その言葉を聞いた瞬間に頭の中でプチンと音がし、気が付いたら特級BP(緑)を口に含み、そのままクラヴィスの唇に僕の唇を重ね口内に流し込んでいた。


「……んんっう……」


「……ん!?」


 クラヴィスが瞠目して僕を見ていたが構っている暇はないので最後まで飲ませ、更にもう一度口移しでBPの残りを飲ませる。そして暫くするとクラヴィスの体が眩い光で包まれ、光が数秒ほどで消えると心拍、呼吸共に安定し意識もはっきりしてきたようだ。危険な状態を脱したことを確認した僕はクラヴィスの顔を両手で挟み込み、捲し立てた。


「私はもういい!?ふざけないで下さい!あなたは師団長でしょう!?第二師団全員の命を背負ってるんです!それを放棄して勝手に特攻して勝手に死にかけて、勝手に諦めるなんて許されるわけがないんです!!あなたがどれだけ大切な人なのか、頼りにされているのか理解できているならもう二度と生きることを諦めないで!!……怪我なら僕が治しますから……お願いだから……生きて下さい……」


「あ……ああ、わかった、わかったから……お願いだから泣かないでくれ……」


 クラヴィスの手で頬を拭われて初めて自分が泣いていることに気が付いた。慌てて涙を乱暴に拭い、クラヴィスに上級BP(紫)を渡し、「今はゆっくり休んでください」と声をかけた後は急いで他の患者の治療に向かった。その後周りから大歓声が上がり、「奇跡だ!神の御業だ!」「癒しの女神だ!」といった声が聞こえてきたがあえて気にしないように治療に集中することにした。どう見ても致命傷だったクラヴィスを治してしまった以上騒ぎになるのは避けようがないだろうし、何より人前で号泣したのが恥ずかしくてそれどころではなかった。ただ、どう考えてもあの回復速度はおかしい気がする……。


 そうして三日間治療テントで必死に治療にあたっているとようやく国王軍を主体とした援軍が到着したそうだ。クラヴィスも戦場に復帰した上になんとあのヴァイドまでもが参戦したこともあってそれから五日後になんとかレジェンディア軍を押し返すことに成功したらしい。実はヴァイドの魔道具は高価ではあるが非常に強力で相手の軍を盛大に吹き飛ばしたりしていたそうだ。そしてそれを見てヴァイドがとても嬉しそうに大笑いしていたらしい……見ていなくてもその様がありありと目に浮かぶ。

 とはいえ、グランマミエの方もさすがにそのままレジェンディアに進撃する余裕はなく、再び休戦状態に持ち込むのが精いっぱいだったようだ。


 治療テントでの診療が一段落し、十日ぶりにへとへとになりながらもハミルトン家に帰るとミュリエラに泣きながら抱きしめられ、ハワード、ヴァイド、アーヴィンからもとても感謝された。勿論クラヴィスからもお礼の言葉はあったが、色々な意味で少し気まずいのでややぎこちない態度になってしまったのは仕方ないだろう。あと出迎えてくれたナタリーまでもが少し涙目になっていたのは本当に驚いた。本当に疲れる数日間だったのでその日は泥のように眠ってしまった。


 後で聞いた話だが、治療テントでの僕の行動を見た人たちが勝手に『天上の癒し手』と呼んでいるらしい。


 ……どうしてこうなった……


 

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