第二十三話 ケフィカ・アーガイル
ある日、久しぶりに領軍の訓練施設で第二師団の訓練を見学した後に薬師の控室へとレイナと一緒に向かっていたところ、進行方向から3人の騎士がこちらに向かって歩いてきた。騎士の多くは貴族であり、僕は平民なので通路の端に寄って軽くお辞儀をしつつ彼らが通り過ぎるのを待っていたが、その真ん中の騎士が声をかけてきた。
「おい、お前見ない顔だな。どこの所属だ?」
「リファと申します。ハミルトン家の薬師ですが、勉強のためこちらに研修を受けに来ています」
顔を上げて答えるとツカツカと近づいてきて間近で僕の顔を品定めするように眺め、
「ほぅ、他の女共とは随分と違うな。俺はケフィカ・アーガイル、侯爵家の者だ。薬師なんて金にならんものは辞めて俺の女にならんか?」
そう言ってきた。あまりの物言いに思わず硬直し、黙り込んでしまう。
「ケフィカ様、お戯れはご遠慮ください」
どうしようかなと悩んでいるとすぐにレイナが間に入ってくれた。
「侍女風情が俺の邪魔をするのか?」
「ケフィカ様は侯爵家の嫡男だ。身の程を弁えろ」
「平民がケフィカ様に声をかけて貰えるだけでも幸せだと思わんのか?」
ケフィカの威圧に続いて取り巻きの二人も便乗してくる。
「光栄なお話ですが、申し訳ありません。私はハミルトン家に所属していますので私の一存では決められません」
「まあそう言うな。まずはお互いを知ることから始めようじゃないか」
「え……?痛っ……!」
穏便に断ろうとするも、ケフィカが僕の腕を掴んで強い力で引っ張り、どこかへと連れて行こうとする。思わず護身術を使おうとするも相手は貴族ということでグッと我慢したが、このままでは何をされるかわからない。今まで感じたことのない恐怖感に体が自然と震えだす。流石に見かねたレイナがケフィカの腕を無理やり振り解き、僕を背に回して庇ってくれる。
「チッ……平民の侍女が俺に手をあげてどうなるかわかってるんだろうな」
「リファ様はハミルトン家の大切なお客人であり、私はその護衛です。リファ様をお守りするためであれば例え相手が高位貴族であろうと武力の行使を躊躇うなと当主から言いつけられておりますので。ケフィカ様はハミルトン家を敵に回す御覚悟がおありなのでしょうか?」
ケフィカが顔を顰めながら吐き捨てるが、レイナは動じる様子もなく毅然として答える。さすがに家同士の衝突にまで話が大きくなるのは想定していなかったらしく、「平民風情が調子に乗るなよ」と捨て台詞を残して三人は足早に去っていった。腕の掴まれた所が赤くなった以外は特に被害もなかったが、思ったより怖かったらしくまだ体が少し震えている。
「レイナ、ありがとう。助かりました。でも僕のせいでレイナも目をつけられたかもしれません」
「心配なさらずとも大丈夫です。辺境伯であるハミルトン家はアーガイル家にも全く引けを取りませんよ。それよりお怪我はないですか……腕が赤くなってますね……あいつら、消しましょうか」
震えが落ち着いたところで御礼を言うと、どうやら辺境伯はそこらの侯爵家にも負けない位の力があるから問題ないそうだ。最後のレイナの提案は流石にまずいので我慢して貰うことにした。
色々あったのでその日は帰宅することにし、レイナから今回の顛末についてクラヴィスとハワードに報告して貰った。その日の夜にクラヴィスがケーキを持参して慰めに来てくれたのがとても嬉しかった。
その後暫くしてケフィカとばったり出くわすことがあったが、なぜか僕を見た途端挙動不審になり、逃げるように去って行ってしまった。詳しくは知らないが何かしらの圧力が彼にかけられたそうな。レイナがその様子を見てとても嬉しそうにクスクスと笑っていたのがちょっと怖かった……。
そしてグラム強化訓練が終わって1カ月が経とうとした時、僕はハミルトン領を揺るがす大きな事態に巻き込まれることになる……。




