第二十二話 ケーキの誘惑
それから暫くは穏やかな時間が流れた。朝食後に研究室でBP作成に励みつつ、ヴァイドと一緒に加護の成長度合いの確認などを行い、昼食後はまたBPを作成。時には領軍の訓練施設に騎士や薬師達と親睦を深めに行き、夕食後はミュリエラの着せ替え人形になったりなぜかナタリーからの淑女教育を受けたり。大分ましにはなったがまだまだ女性らしさが足りないらしい。まあ動揺すると一人称がすぐ『僕』に戻ってしまうあたり自覚はしているけれど。
そんな中でも色々なことはあるわけで、今まさに僕の前に美味しそうなチーズケーキがある。そしてここはケーキ屋であり向かい合わせにクラヴィスが座っていたりする。
「美味しそうですね……頂きます」とフォークで切り分け、口に運ぶ。するとチーズの酸味と優しい甘みが最初に口の中に広がり、咀嚼すると香ばしい香りが鼻を突き抜けると共に甘酸っぱい苺ソースが舌を蕩けさせ、全身に痺れが広がるような錯覚を覚える。
「んんっ……美味しい……です」
あまりの美味しさにしみじみと感動していると、クラヴィスが僕を見ながら満足そうに頷いている。なぜこんな状況にあるかというと、最初に僕が夕食時のデザートに過剰反応したことが全ての始まりらしい。
元々僕は男にしては甘いものが好きな方ではあったのだけど、女の子になってからはその傾向が極端に強くなっていたらしく夕食に出たアップルパイを食べた瞬間から記憶が消え、気が付いたらアップルパイは影も形もなく、周りの人たちが吃驚した目で僕を見ていたのだ。何があったのかわからないがどうやらそれはもう嬉しそうに夢中で食べていたらしい。さすがに恥ずかしいので忘れてほしいところだったが、誰かが気を利かせてくれたらしくそれから一週間に2回、僕だけはおやつの時間としてケーキが出されるようになったのだ。
恐縮しつつもその甘い、それはもう甘すぎる誘惑に逆らえるわけもなく美味しく頂いていたところ、ある日からクラヴィスが同席するようになった。男性なので甘いものは如何なものかと不安になったが、「実は私は甘いものが結構好きでね……これ幸いと便乗させて貰おうと思ったのだ。リファ君が嫌でなければ同席してもいいかな」と言われては拒否するわけもなく、毎回とはいかないにしても割と頻繁におやつをご一緒することになったのだ。
そしてつい先日、クラヴィスからこのグラッセル市には評判の良いケーキ屋がいくつかあり、一度一緒に行ってみないかと誘われたので思わず「行きます!」と即答してしまい、現在に至る。
流石有名店だけあってどのケーキも信じられない位美味しく、黙々と食べ続けているとクラヴィスが「良かったらこのケーキも味見してみるか?」と自分のケーキを切り分けて僕の皿に載せてくれる。とても嬉しいのでありがたく頂いたが、お返しに僕もケーキを切り分けて渡すとちょっとだけ吃驚しながらも笑顔で食べてくれる。デザートはお互いに分け合うとより多くの種類が楽しめるとレイナに聞いていたが、確かにこれは素晴らしいと実感した。その後お土産まで買ってもらい、とても幸せな気持ちで帰路についたがクラヴィスはちょっとだけ胃を抑えていた。流石に男性にあの量は多すぎたかもしれない、次は配慮するようにしよう。
馬車から降りた後レイナがクラヴィスと何か小声で話をしていたが内容は聞こえなかった。小さくレイナがガッツポーズをしていたようだが何か良いことでもあったのだろうか。




