第一話 拾い物
僕の名はカリス。37歳の薬師であり、数年前に薬屋を開業し順調に腕を磨いているところだった、そのはずなのに、なぜかひょんなことから少女を拾うことになってしまった……。
フォンタエ大陸有数の大国の一つであるグランマミエ王国、その東方辺境にミュートリノ市が在る。
ミュートリノ市には中央を横断する大通りがあり、服飾、宝石、家具、食材など様々な種類の店が並んでおり、その中に僕の店、カリス薬局がある。
数年前にようやく開業にこぎつけた念願の薬局ではあるが、従業員が僕一人ということもあり、住宅兼用のこじんまりとした二階建ての建物になっている。
薬師と言ってもただ薬を処方し販売する、それだけが仕事なわけではない。
王都のようなありとあらゆる職の人間が揃っている所ならいざ知らず、人口の少ない市では薬師が医師の仕事も兼任することが多く(法的には限りなくグレーではあるが)、軽傷や単純骨折などの治療を行うことも珍しくはなかった。
「いつもありがとうね。先生の薬はよく効くからほんと助かってるよ」
「お役に立ててるならなによりです。風邪が長引くようならまた来てくださいね!」
最後のお客さんが手を振りながら店を出ていくのを見届けて今日の仕事は終了。軽めの夕食を摂った後に新しい傷薬の調合を試そうと乳鉢でゴリゴリと薬草を潰していた時だった。
ドォン!!
と建物全体が一瞬揺れたように感じるほどの爆音が耳に飛び込んできた。建物全体が一瞬揺れるほどの爆音を耳にし、すぐにカウンターの陰に隠れていると遠くの方から罵声と複数の足音が聞こえてきた。
「どこに逃げた?」
「手負いのはずだしそこまで遠くには行っちゃいねぇはずなんだが……」
「とにかくしらみつぶしに探せ!!」
どうやら誰かを探してるらしいが、どう聞いても堅気の連中とは思えないので関わらないに越したことはない。先程の爆音も恐らく無関係ではないだろうし連中が立ち去るのを待つことにした。
10分程経つと辺りも静かになり、建物に破損が無いか念のため見回りをすることにしたのだけれど……
隣の建物との間にあるゴミ箱、その陰から黒い尻尾が覗いているのを見つけてしまった。
元々動物好きな方でもあるし、野生の小動物でも迷い込んだかと近づいてみたら……額に手を当て、天を仰ぎ見ることになった。
「うわっ……こりゃまたとんでもないのが……どうしてこうなった」
そこにいたのは黒装束に身を包んだ獣人と思われる幼い少女だった。
※※※※
少女は見るからにボロボロな状態で意識を失っており、怪我もしているようなのでとりあえず簡易処置用ベッドへと運び応急処置をすることにした。
明るい所でみるとやはり獣人の少女であり、ざっと診察した範囲では大きな怪我は右腕の骨折位であり、後は左足首の捻挫、そして全身の擦り傷程度であった。
まずは下着を残して服を脱がせ、煮沸消毒した清潔な布で全身を清拭し、右腕の骨折は単純骨折と思われたので添え木を当て、三角巾を用いて固定する。左足首の捻挫には包帯をきつめに巻いて固定、擦り傷に対しては傷薬の軟膏を塗布。
そして骨折後には発熱がほぼ必発であるため解熱剤と鎮痛剤を調合し意識が戻ったらすぐに内服できるように用意しておく。
とりあえずの処置が終わり、少女の表情も苦しげなものから落ち着いたものとなったのを確認し、一息つくことにした。
まず考えるべきことは3点ある。
1.この少女が何者なのか
2.種族は獣人で間違いないのか
3.今後ここで療養させるのか
あの状況から鑑みるに、あの爆音や柄の悪い連中と何らかの関係がある可能性は高いと思う。
種族に関しても、黒髪から覗く1対の三角形の耳、そして腰部から伸びるふさふさの黒い尻尾を見る限り獣人としか思えない。
ここで問題になるのが獣人の希少性だ。獣人は基本的に獣人国から外に出ることはなく、もし国外にいたとしても点在するとされる隠れ里に引きこもる者が殆どなので姿を見ること自体が稀なのである。勿論僕もこの少女が初めて見る獣人であり、だからこそ仰天したわけだ。後はミュートリノ市は獣人に対する差別意識が特に強いから表には出さない方がいいかもしれない。
どう見ても面倒事になりそうなのだけれど、薬師としては怪我人を放り出すのは矜持として許せないし10歳位の少女に対し同情の気持ちも芽生えつつあった。
そこまで考えた上で、ここまで面倒みたんだ、治るまでは最後まで責任を持とうと少女の看病を続けることに決めた。