第十四話 ポンコツと天神の加護
結論からいうと、身体測定の結果は散々だった。一言で言うと、ポンコツだった。
実は男だった頃はそこそこ筋トレなどもしていて腹筋、腕立て伏せ、スクワットいずれも100回は軽く行えたのだが、この身体ではどれも10回が限界だった……あまりの貧弱さに我が身ながら呆れてしまう。
そもそもどう見ても筋肉どころか脂肪と骨だけで構成されていそうな手足を見て≪高い身体能力≫とやらを期待する方が間違っていると思うのはおかしいだろうか。
「いやはや、これはまた。吃驚するほど見た目通りの結果になったね。逆にその体格でとんでもない数値を叩き出したらどうしようかと思ってたけど」とヴァイドが書類を書きながらくつくつと笑う。
「はぁっ……はぁっ……正直、これほど酷いとは自分でも思いませんでした」
地味に落ち込んでいるとナタリーがぬるめに調整してくれた紅茶を差し出してくれる。御礼を言いつつグイっと飲み干し、なんとか一息ついたところで今後はある程度運動して体力をつけようと決心した。何をするにも体力は大事だからね。
「さてリファ君の適正と身体能力は大体確認させて貰った。次は異能力についてだけど具体的に何ができるかを調べていこうか」
「一応前の体の時も法術で純水を作ることだけはできたので、多分今もそれはできると思います。それ以外の魔術や神術に関しては使ったことがないので全くわかりません」
「水を作るだけでも平民としては稀有な才能だっただろうね。薬師として働く上でもかなり重宝したんじゃないかな?」
「そうですね、薬や回復薬を調合するにしても純水を自分で作れるだけでかなり楽をさせて貰いました」
なにせ井戸水や川の水などは不純物が多く含まれているのでその不純物の種類や量により薬やポーションの効果にバラツキが出てしまうのだ。その点、大気中から法術で作り出した水は不純物を含まない純水であるためそれを材料とすることで常に均一な品質のものを調合可能になる。
「魔術に関しては扱える人がごく僅かしかいないこともあって指導を受ける機会自体があまり無い。そして僕も魔術師ではあるが指導者には向いていない。だから魔術はとりあえず置いておいて、神術で何ができるかを考えていこう」
とは言うものの、神術がそもそもどんな術なのか、何ができるのかがさっぱりわからない。
「神術に関してはある程度の記録が残されていてね。現在判明しているものとしては、天神の加護による身体強化、神医の加護による調合や治癒、天上の楽師などが代表的だね」
首を傾げていると、ヴァイドがその疑問は当然とばかりに詳しく説明してくれた。
もしかするとその天神の加護による身体強化をかけた状態をみて神人が高い身体能力を持つとされたのかもしれない。僕の結果を見る限りむしろそれ以外に考えられない。魔術は適正がある者が指導者のもとで最低数年以上修行を積まなければ身につけることが難しいとされるが、神術は神人であれば自然とある程度は扱えるらしい。何をどうすればいいのか感覚的に理解できているとのことで、最初の段階で躓かなくて済むのはありがたい。
「では一つずつやっていこうか。まず呪文も判明してる天神の加護からだね」と呪文の書かれた紙を渡される。それ程長いものでもなく、読み上げにくいものでもなさそうだ。まずは自身に身体強化をかけてみる。
自然体で立ち、両目を閉じて一度大きく深呼吸をし雑念を払う。
「大いなる天神、創造の神よ。其の神威を我が身に纏うことを御許し下さい」
呪文を唱え終わると同時に閉じた瞼に眩さを感じたので目を開けると、体全体から光の湯気のようなものが立ち上っているのがわかった。その状態で軽く真上にジャンプしてみたところ、1m近く飛ぶことができ、着地の際も足に痛みを殆ど感じなかった。握力計を使ってみると48kgとなっており、加護無しでの握力が24kgだったのでちょうど2倍に強化されているようだ。2倍と言っても元がポンコツなので加護をかけてもあまり戦力にはなりそうにないのが残念だ。だが、逆に言えば元々戦闘力の高い人に加護をかければ話は変わる。ということで、クラヴィスをお呼びして協力して頂くことになった。
ヴァイド?彼は基本的に屋敷に引き籠って研究に明け暮れるだけなので運動などするわけが無く、「そんな暇があったら実験に使うね!!」だそうだ……。その点、クラヴィスはハミルトン領の領軍で師団長を務める程の軍人なので能力的にはお墨付き、ということになる。
「お手数おかけして申し訳ありません」と断りを入れた上でクラヴィスの右手を両手でそっと持ち上げ、「大いなる天神、創造の神よ。其の神威を彼の者が身に纏うことを御許し下さい」と呪文を唱える。
先程と同様にクラヴィスの体に光の湯気が発生し、「これは……凄いな」と感嘆の声を上げていた。その後ある程度体を動かしてもらったところ、やはりおおよそ2倍程の身体能力の向上が得られたようだ。
ちなみに天神の加護の持続時間は自己の場合は5分でクラヴィスの場合は3分と短かった。そして現状では対象者に触れていないと加護を掛けることはできなかった。実際触れずに加護をかけようとしても疲労感を感じるだけで何も起きなかったからだ。
ちなみに、身体強化そのものは別に神術でなくても行うことはできる。魔術、魔法、そして異能力とは違うが気功術でも身体強化自体は可能だ。勿論術者の技量により強化倍率、持続時間共に変わってくるが。ただ気功術は異能力ではないため訓練さえすれば誰にでも習得可能であるが、その反面強化倍率も持続時間も他の術と比べて劣る傾向にある。そして重要なのは神術のみが自己だけでなく≪他者にかけることが可能≫な点だ。今は神力が低いため少人数にしかかけられないが、多人数にかけられるようになれば大きな強みとなるだろう、とのことだ。念のため確認したが、複数の術による身体強化の重ね掛けは無理らしい。
「神術を使い慣れていけば増強倍率や持続時間は伸ばせる可能性が十分にあるね!次は神医の加護の検証をしていこう!」
良い笑顔でヴァイドが言ってくれるが、慣れない神術を数回使っただけでそれなりに疲れてるので少し休ませて下さい……とは怖くて言えなかった。




