第十三話 ヴィジャ盤
その後の朝食は簡単な自己紹介をしながらつつがなく進み、食後の紅茶を飲んだ後最初にハワードが食堂から退室した。どうやらハワードは僕がこの家にお世話になることになった経緯に関して≪表向きの理由≫しか聞いていないらしい。
禁術を使ったこと自体そう簡単に表沙汰にしていいことではない上に、僕の神人としての能力も不明なことばかりなため、ある程度落ち着いたら改めてヴァイドが説明する予定だそうだ。
「それじゃ、まず君の能力測定から始めようか!」
やたらと鼻息荒くヴァイドがテーブルから身を乗り出した。
「まだ食事が終わったばかりだ。少し休ませてからでいいだろう」
見かねたクラヴィスがフォローを入れてくれた。僕も一息つきたかったので、
「着替えなどもありますし、できれば30分後位でお願いします」と伝えると、ヴァイドは少し不満そうにしながらも「では30分後に研究室で!」と言い、小走りで食堂を出て行ってしまった。
クラヴィスに御礼を言ってから退室し、自室で顔を洗い、ナタリーに用意して貰った動きやすい服に着替えたところで研究室へと案内された。研究室の中は20㎡ほどの広さの部屋が3つ連結したような構造になっており、部屋同士の仕切りは取り払われていて解放感のある作りだった。その中央の部屋でヴァイドが忙しそうに何かを準備していた。
「ヴァイド様、お待たせしました」
「やあ、僕の研究室にようこそ。散らかってるけどとりあえずそこのソファに座ってて」
ヴァイドから満面の笑顔で着席するように勧められる。言われるがままに3人掛けのソファに座って待っていると前のテーブルの上に書類が数枚置かれた。一枚は1m程の大きな黄色い紙で、中央に魔法陣のような幾何学模様があり、その周囲に火や水などの属性、そして魔術や法術、神術といった異能力が箇条書きに並んで書かれていた。それ以外の書類は身長や体重などの身体測定の結果を手書きで書くための普通の紙のようだ。
「まずはこの黄色い紙を使ってリファ君の身体年齢、性別、属性や異能力の適正を調べることにしよう。この紙の名前はミトラのヴィジャ盤といってね。使ったことは?」
「ポラリス学院に入学した際に簡易版のヴィジャ盤を使ったことはありますが、こんな立派なものではありませんでした。あと以前の僕は属性は水のみで異能力はたった一つの法術が使えただけでした」
「学院で学生に使わせるものと違ってこちらは精度が段違いに高いからね、その分値段も段違いだけど」と苦笑し、「以前のデータも参考になるかもしれないから」と早速書類に書き込みはじめる。
「それじゃ、始めようか。この魔法陣の中央にある黒丸に5滴ほどの血を落として貰えるかな?」と布で先端を拭いた10cm程の長さの針を渡される。以前のヴィジャ盤の時と同様に左の人差し指を針で軽く刺し、ギュッと絞るようにするとぷくっと血が出てきたので黒丸の真上に血が滴り落ちるように調整しながらヴィジャ盤に落としていく。6滴目が落ちたその時にヴィジャ盤の魔法陣が光り出したので指を絞るのをやめ、ハンカチで圧迫し止血する。
最初は魔法陣のみが光っていたが次第に周囲の文字も同様に光り出し、やがて暫くすると光が消え失せ、先程まで光っていた魔法陣や文字が赤く変色していた。これで解析が完了したらしい。
「ふむ、身体年齢18歳、性別女、属性は水、氷、土。異能力は……魔術、法術、そして神術に適正ありと。属性が以前よりも随分増えてる上に神術があることから神人なのはもう確定だね」と満足げに笑う。
「神術が使えるのは神人だけなのですか?」
「そうだね。一般的に魔術は人族のみ、魔法は魔物と魔族のみ、精霊魔法は精霊と契約した人族のみ、神術は神人のみが扱えるとされている。神人は人族の祖先だから勿論魔術は神人も扱える。御存知の通り、ただ一つの例外が法術で他の異能力に比べて遥かに力が弱いがどの種族であっても扱えないということはない。獣人族なんかはこの法術以外は扱えないけどね」
異能力と一口に言っても実際にそれを持つ人はほんの一部だ。法術のような少量の水を出したり対象を暖める程度のごく弱い異能力ですら平民では100人に一人も持ち合わせていない。魔術を扱える人は貴族の中に稀に生まれるとされ、遺伝性も一部見受けられるとされる。そのため魔術師は婚姻の相手として非常に重宝されることになる。魔法は高位の魔物か高い知性と能力を併せ持つ魔族のみが扱えるとされるが、精霊魔法に関しては精霊と契約さえできれば問題なく使えるが、勿論精霊の位階によってその扱える力の大きさはピンキリとなるが。
「異能力の適正は文句なし。あと属性に関しても3属性ということで相当に優秀な部類に入るね。しかもまだ伸びしろがあるかもしれない」
「属性って増やせるんですか?」
「本人の努力次第で可能性は低いが増やすことは可能だと言われている。よく聞く話だと精霊に気に入られて属性を付与して貰うとかね」
属性は全部で十個あるとされているが、ほとんどの人は一つの属性しか持たない。二属性あれば村に一人、三属性なら都市に一人、四属性、五属性ともなると国に一人いるかどうか、それ以上ならもう英雄レベルの話になる。もし今後増やせる可能性があるなら機会があれば狙っていきたい。
「じゃあ次に身体測定に移ろうか。神人は身体能力も優れてるって話だし期待してるよ?」
ヴァイドがプレッシャーをかけてきたが、この二日間で薄々そちらの結果は予想できているので曖昧に苦笑しながら隣の部屋に移動した。




