第十二話 ハミルトン家当主
色々な意味で疲れ果てていたのか、メイドさんに付き添われて自室に戻り、ふかふかのベッドに入った直後に僕は意識を失った。そのままぐっすりと眠り、明るい陽射しを感じ目を開けたところで「おはようございます、眠気覚ましの紅茶などはいかがでしょうか」とメイドさんが声をかけてくれた。
メイドさんが入れてくれた紅茶にはミルクと蜂蜜が入っており、適度な甘みと香ばしい香りが残っていた眠気を飛ばし、頭を覚醒させてくれた。普段飲んでいたお茶とは茶葉も入れ方も全くレベルが違っていた。
「とても美味しいです。紅茶を入れるのがお上手なんですね」と御礼を言うと、
「恐れ入ります。紅茶は貴族の嗜みですので常に最高のものを提供できるように心掛けております」と強い自負を感じられる返事が返ってきた。
紅茶を飲んで落ち着いたところで、昨日は混乱していて聞けなかったことをメイドさんに質問してみることにする。まずこのボブヘアの黒髪のメイドさんはナタリーという名前で小さい頃からこのハミルトン家で働いており、ナタリーの一族は代々ハミルトン家の従者として奉公してきたという。ナタリー以外にも執事や庭師、料理人など様々な職種で働いている親戚がいるそうだ。
そして肝心の僕に関してだけれど、ヴァイドが僕をこの家に運んできてナタリーが僕の身支度を整えた後、そのまま丸一週間寝続けていたという。普通は1週間も飲まず食わずでいれば命の危険すら生じるレベルだが、僕の体の周りを常に淡い光が取り巻いており、脱水や痩せ細るといった変化は一切みられなかったそうだ。
転変の際によくみられる現象で、体がそっくり作り変えられることによる負担を軽減し、体を馴染ませるためにある一定の休眠期間が必要となる。その間体を保護するために神の加護が光の膜という形で発現したのだろう、とヴァイドが言っていたとナタリーから聞いた。
ある程度の情報を得たところで少し歩いてみたところ、昨日とはうって変わって体の違和感は消えており、軽く体を動かす範囲では特に問題ないと思われた。そこでナタリーに女性としての振る舞い、具体的には髪の手入れや化粧の仕方、歩き方や挨拶に至るまで簡単なレクチャーを受けることになる。短時間ではあったけれどもナタリーの指導は適切かつ無駄のないものだったのでそこそこ女性らしい動きを身に付けることができたと思う。とはいえ、どうしても付け焼刃になってしまうのは仕方がない。
レクチャー後、朝食は食堂で摂るように言われたのでナタリーに案内して貰う。いざ食堂に入ってみると20人位は余裕で対応出来そうなほどの長さのテーブルを前にヴァイド、クラヴィス、そして50台半ば位と思われる金髪、碧眼に豊かな髭を蓄えた男性が腰掛けていた。昨日は混乱していたのもあり気にもしなかったけれど、ヴァイドもクラヴィスも相当な美形だ。貴族は血統を重んじるため見目の整った人が多いと聞く。髪や瞳などの特徴が良く似ているこの男性も恐らくお二人の家族もしくは親族なのだろう。
あと銀髪で背の高い50歳位の執事服を着た男性が少しテーブルから離れてピシッと立っているけどもしかしたらナタリーの親戚かもしれない。
「あ、おはようリファ君。昨日はよく眠れたかい?疲れは取れたかな?」
「おはようございます、ヴァイド様、クラヴィス様。お陰様でよく眠れたので疲れもしっかり取れました」
ヴァイドが最初に声をかけてきたのでカーテシー(片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま行う淑女の挨拶)をしながら答える。
クラヴィスが「おはよう」と返すその横でヴァイドが満足そうに頷く。
「安眠できたようでなにより。それと昨日は紹介出来なかったけどこちらのお髭の似合うダンディなオジサマがハワード・ハミルトン、僕らの父にしてハミルトン家の当主さ」
ふざけた紹介に眉をひくつかせながら「なんだその物言いは……」と声には出さずに口だけで呟いたハワードが少しだけ表情を和らげながら「リファ君と言ったね、おはよう。ようこそハミルトン家へ」と声をかけてくれた。
「おはようございます、リファと申します。色々と至らないところも多く御迷惑をおかけするかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
「いやはや、若いのにしっかりした女性のようだ。ヴァイドが騒がしくてこちらこそ迷惑をかけることになるかもしれんが、ゆっくりしていくといい」
とりあえずこれといった失敗も無かったようでほっとしながらも「ありがとうございます」と答え、ナタリーの補助を受けて椅子に着席する。ハワードはあまり表情を変えず無愛想にも見えるが、話してみると穏やかで優しい方のようだ。クラヴィスはハワードに似たのかな。




