第十一話 リファ
結論から言ってしまうと、ヴァイド・ハミルトンはマッドだった。紛うこと無きマッド・ウィザードだ。研究意欲が強すぎて周りが全く見えなくなるタイプなのだろう。
隣に座っているクラヴィスが呆れた様子でヴァイドを見た後にそっと溜息をつき、
「カリス君と言ったね。うちの愚弟が色々と迷惑をかけたようですまない。この阿呆の言うことは9割は無視して構わない」と気遣うように言ってくれたが
「兄上、何を寝ぼけたこと言ってるんですか!?こーんなに貴重な試料を目の前にして研究をせずにいられるわけがないじゃないですか!」
「いや、だから人を捕まえて研究対象だのサンプルだのと言ってる時点でだな……」
「言い方がどうであれ彼女の存在が僕にとってなくてはならないものであることに違いは無いんですよ!僕は絶対に手放す気はありませんからね!!」
と鼻息荒く語るヴァイドだが、それを見て「言ってることは告白じみているんだが本人にはそんな気は全くないのがまた問題だな……」とクラヴィスが呟く。
どちらにしても僕に拒否権はないようなので話を進めようと右手を挙げて質問する。
「それで、具体的に僕は何をすればいいんでしょうか?」
するとヴァイドも興奮しすぎたのを自覚したのか一度咳払いをする。
「そうだね。基本的にはこのハミルトン家に住んでもらうことになる。以前の君の戸籍はもう使えないから近いうちに強盗犯に殺害されたことにして死亡報告を出すことになる。そして新しく戸籍をこちらで用意させて貰うよ。強制はしないけれども性別も変わったわけだし、転変の秘密を守るためにも名前は変えた方が良いと思う。何か希望はあるかな?」
「名前……ですか」
言われて何か良いものがないかなと暫く云々と唸っていたところ、フッと頭に浮かんできた単語が口から自然と零れ落ちた。
「……リファ……」
「リファ?あまり聞いた事のない名前だけど、響きが良いね。よし、君の名前はこれからリファだ!」
なぜこの名前が浮かんだのかはわからないけど、あえて撤回する気にもならずとりあえずそのまま話を進めることにして貰った。
その後のヴァイドの話によると、まず以前の僕は自宅に押し入った強盗犯に殺されたことになり、薬局は閉鎖することになる。あの後かなり酷く内部が荒らされたらしく、とてもではないが利用できる状態ではないそうだ。くそぅ、あの賊どもめ。いつか復讐してやる!返り討ちにされるから無理だけど。
僕の新しい戸籍に関してはリファという名の平民で、とある都市の出身であり、家族を戦争や病気で失い天涯孤独となった後は薬師見習いとしてヴァイドの知り合いの薬師に従事していた。そして先日その方が亡くなられたためにハミルトン家に引き取られた。僕は見習いではあるものの知識と技量は既にある程度の力量に達しているとの判断で特例として薬師として働かせてもらうことになった、という流れになるらしい。勿論一般市民相手ではなく、ハミルトン家お抱えの薬師として、である。
そして僕の一番重要な仕事は神人としてどういった能力があり何ができるのか、それをヴァイドと共に確認していくこととなる。僕自身自分の体がどういった存在なのかわからないことだらけなのでヴァイドのマッドな部分さえ無視できるなら願ったり叶ったりと言えなくもないのだけど……いかんせんマッドすぎるのでそれも難しそうだ。
最後に獣人の少女、ミリューの行方についてもお願いして調べて貰うことにした。再会できるかどうかもわからないがあの無口で愛らしい獣耳少女が無事だと確認できたならそれだけで僕は大満足だ。
あ、でももし再会できたら以前と違って僕は女の子なわけだし、撫でるだけじゃなく抱きしめたりモフモフしても許されるだろうか。夢が膨らむ。もしそれが叶うなら女の子に転変したことを全面的に受け入れられる気がする!
とここまで話をしたところで急激に睡魔が襲ってくる。ここで寝るわけにもいかず起きていようと頑張ってはみたものの瞼が今にもくっついてしまいそうだ。
「色々とショックなことが多すぎて疲れているようだ。カ……リファ君、今日の所はゆっくり部屋で休むと良い」
いかにも眠たそうな僕を見かねたのか、クラヴィスが気遣ってくれる。
「は……い。ありがとう……ございます……」と凄まじい眠気に耐えながらなんとか御礼を言う。
「そうだね、今日は休んで明日からまた研究を始めようね!」
と良い笑顔でこちらの気分を暗くさせるようなことをヴァイドが言ってきたが、あえてそれを苦笑しながらスルーし、メイドさんに付き添ってもらい自分の部屋に帰ることにした。




