第十話 研究対象
「左胸に神紋……ですか」
言われてしまうと当然確認したくなり、胸元を大きく前にグイッと引っ張って覗き込む。確かに左の(残念?ながら小ぶりの)乳房の上に3cm程の幾何学模様があるのがわかる。これがそうなのかとなぜか嬉しい気持ちになりうんうんと頷いていると、「ブフッ!!」とクラヴィスが吹き出し、唖然とした顔で僕を見ていた。
何だろう?僕の顔に何かついてるのかなとぼんやり考えていると、今度はヴァイドがくつくつと笑う。
「カリス君、うら若き女性が男性の前で胸元を大きくはだけるのは控えた方が良いと思うよ。僕からすれば嬉しいけれど、お堅い兄上にはちょっと刺激が強すぎるみたいだ」
と言われて初めて自分が女の子だということを思い出し、慌てて服を直す。貴族の男性を前にいかに恥知らずなことをしていたのかを思うとカーッと顔が熱くなる。
「すいません、お見苦しいものをお見せして……」
「いやいや、君はまだ男性だった時の感覚が強く残ってるだろうからね。目覚めてすぐに女性らしく振舞えと言われてもそうそうできるものではない。おいおい慣れていくと思うよ」
確かに自分が女の子になっていると自覚したのがついさっきなのだから仕方がないと言われればその通りなのだけれど、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。今後はしっかりと意識していくことにしようと決意しする。
「その様子だと神紋は確認できたみたいだね。ああ、勿論君が意識を失っている時にこちらで確認させて貰ったのは侍女なので御安心を。さて君が神人だということを理解して貰ったところで君に質問があるんだ」
出会った時と同じうさん臭そうな笑顔を貼りつけてヴァイドが続ける。
「あの時、僕が君を見つけた時、既に瀕死の状態だった。間違いないね?」
「はい」
「僕が君を転変させてあげなければ確実に君はもうこの世にいなかった。これも相違ない?」
「……はい」
「では僕は君の恩人、いや大恩人と言っても過言ではないよね!!」
「…………はい」
「いや、さすがにそれは言い過ぎじゃないか……?」
クラヴィスがフォローを入れてくれたがこちらはそれどころではない。どう見ても弱みを握られた上に囲いに来ている……!!これからどんな無理難題がくるのかと冷や汗が噴き出してきた。
「いやいや、兄上。大恩人なら一つ位のお願いごとをしても許されると思うんだ。君もそう思うだろう?」
と問われるが、一つだけと限定されると逆にこちらも断りにくく、仕方なく首肯する。
「ばっちり同意も得られたことだし。それじゃ、君はこれから暫くの間僕の研究対象になってもらうね!!」
とそれはもう嬉しそうにヴァイドが言い切ってくれたのだけれど、その時僕ができたことは頭を抱えながらこう呟くこと、ただそれだけだった。
「……どうしてこうなった……」




