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第百一話 君が好きだ


「……申し訳ありません、クラヴィス様。私はこのままにしてお一人で戻って頂けませんか」


「なっ……!?」


 リファの返答は、ようやくリファの精神体を見つけ出し会話もできる状態までこぎ着けてもう大丈夫だと安心していたクラヴィスを驚愕させるには十分すぎる程の破壊力を持っていた。


「な、なぜそんなことを言うんだリファ!?君は現実世界に戻りたくはないのか?」


 あまりにも予想外なリファからの拒絶に驚きはしたものの、理由もなしにそんなことを彼女が言うはずがないと考え直したクラヴィスが問いかける。


「……戻りたい気持ちはあります……」


「では、なぜここに残ると……!?」


「……今回の件で私が神人であると国中、いえ、国外にまで知れ渡ってしまったと思います」


「それは……確かに否定できないが……」


「これまでも私がいたことで色々迷惑をかけ続けてきましたが、先日のクーデターの件はあまりにも影響が大きすぎました。一つ間違えれば今頃王城もハミルトン家も更地になっていたかもしれませんし、王族含め沢山の方々が命を落としていたことでしょう」


「……」


 確かに今回のクーデターは一歩間違えれば大惨事となっていたのは否定しようがない事実だ。だがそれを食い止めたのは他でもないリファ自身だと言いたかったが、クラヴィスが迷っているうちにリファが言葉を続ける。


「そして、私が神人だと喧伝された以上、これからは他国も交えて様々なトラブルを誘い込むのは間違いないと思うのです。ですので私はこのまま目を覚まさずにいるのが一番平和になるのではないかと……」


「何を馬鹿なことを!君はもう二度とミリュー達に会えなくても良いというのか!?」


 この問いかけにより平坦だったリファの口調に動揺の色が見え始める。


「……っ!……会いたい……会いたいに決まってます。でも、私のせいでミリューとレイナは捕まって怪我を負わされて、殺されかけたんですよ……!。もう二度とあんな目にはあわせたくないんです」


「……気持ちはわからないでもないが、彼女達はそんな理由で君が目を覚まさないなんて聞いたらきっと激怒するはずだ」


「……それでも、彼女達が無事ならいいんです。私がどれだけ罵倒されても、嫌われても……。もうこれ以上私の大切な人が傷つかずに済むなら、それで……」


「……君は根本的に間違っている」


「……え……?」


 クラヴィスが底冷えのするような冷たい声でリファを否定する。クラヴィスから否定的な言葉を掛けられたこと自体が初めてな上に明らかに怒気を滲ませたその声にリファは言葉を失う。


「まず一つ。確かに君が神人であると知れ渡ってしまった以上、今後も色々と君を中心として騒動が起きる可能性は高い。だが、それは君が目を覚まさなくても変わらない。むしろ、君が覚醒してくれなければ対処しきれない事態になるのは目に見えてるのだから昏睡状態のままでいられる方がかえって迷惑だ」


「……!」


 確かにリファが命を落とす場合は別として、ただ昏睡状態であるというだけならばリファを狙う輩は決していなくならないだろう。だが、迷惑とまで言われると少なからずショックを受ける。


「第二に、君はミリュー君やレイナを見誤っている。彼女達は君を起点として発生した事態で傷つくことを全く忌避することは無いし、むしろ君と二度と話を出来ないことの方が遥かに彼女らを傷つけることになる。

 人の幸せはそれぞれ違うものだが、ただ何事も起きず無事であれば良いというものではないし、たとえその人生が短いものとなったとしてもそれが本当に大切な人と幸せな時間を共有できたものなら悔いは無いと私は思う。きっと私以外のハミルトン家の皆も同じ気持ちのはずだ」


「……クラヴィス様の仰ることはわかります、でも……」


「最後に。何よりも、私が君に目を覚まして欲しいんだ、どうしても」


「……どうしても、ですか……?」


「君と初めて会ってから色々なことがあった。最初はえらく綺麗な少女だと思ったけれど、元が男性だと聞いて驚いたし、その多彩な能力にもまた驚かされた」


 リファの質問に返答するのではなく、これまでのことを語りだしたクラヴィスに何も言えず耳を傾ける。


「男性の頃の名残か一人称が僕だったけれど、ケーキをはじめとして甘いものに目が無い所は女性らしくて微笑ましいと思った。薄々知ってたと思うけど実は私はケーキはあまり得意ではないんだ」


 そう言うとクラヴィスは少し気まずそうに苦笑する。


「でも君がケーキを本当に美味しそうに食べる姿を見る度に私の中の何かが浄化されるような気がしてね。評判の良いケーキの情報を得たらすぐに君を誘うようになってしまった。そしてレジェンディアに誘拐された君を助け出し、ミリュー君が戻ってきた頃から君は急激に女性らしくなっていったんだ」


「……」


「その頃からかな。君と一緒にいるだけで心が浮つくようになったのは。王子を始め色々な男が君を狙っているのを知って無性に苛つくようにもなった。エルハルト王子に負けて無様を晒した私を責めることもなく激励してくれ、囚われたミリュー君達を救うために単身で向かった君の優しさには本当に心を打たれたよ。


 それに君は自分がいると迷惑をかけると言ったけれど、そんなものは全く問題にならないほど多くのものを人に与えてくれている。画期的な技術を広めたり、孤児達を救ったり、国家の危機までも未然に防いで見せた。


 君がいてくれたからこそ、今の自分が存在していると私は確信しているし君と出会えたことには感謝の念しか浮かばない。最早君のいない世界なんて私には到底考えられないし、受け入れることはできない」


「……クラヴィス、様……」


「正直な所、私自身の気持ちを自覚したのは随分前だったし、色々と君に対しそれとわかるように接してきたつもりだったが、それでは駄目なのだと愚鈍な私もようやく理解したよ。だからはっきりと伝えることにする」


 ここで一旦佇まいを正し、左手を胸の上に、右手を掌を上にしてリファの方へと掲げたクラヴィスが口を開く。


「リファ」


「……はい」


「私、クラヴィス・ハミルトンは一人の男として、貴女を心から愛している」


「クラ、ヴィス……様」


 ザ……ザザザ……


 クラヴィスからの思いがけない告白に衝撃を受けたリファの心を表すかのように、これまで微動だにしなかったリファを包む水球にさざ波が生じ始める。


「兄のような存在としてではなく、恋人、いや夫となる男として私を見て欲しい。私の全身全霊をもって君を幸せにすると誓う」


「あ……あ……」


 ピシッ……ピシピシッ……


 リファを包む水球に光を放つひび割れが生じ、全体へと急激に広がっていく。


「リファ、君が好きだ!!私と結婚してくれ!!」


 パシャァアアアンッ!!


 リファを包んでいた水球が豪快に弾け飛び、目を開けたリファが半泣きの表情でクラヴィスの胸へと飛び込んでいく。


「……はい、私でよければ……末永く宜しくお願いします」


 しっかりとリファを抱き留めたクラヴィスは長いこと望んでいた答えを遂に恋しい女性から得ることができた。身体中を駆け巡る歓喜の渦に飲み込まれそうになりながらもなんとか堪え、リファを優しく抱きしめ頭を撫で続ける。すると、リファが目を潤ませながらクラヴィスを上目遣いに見つめた。


「本当に私でいいんですか、クラヴィス様……迷惑ばかりかけちゃいますけど」


「『様』はいらないよ。それに君でいいじゃないんだ、君でなければ駄目なんだ」


「はい……」


 クラヴィスの返答を聞いて本当に嬉しそうに笑うリファ。その潤んだ瞳と赤らんだ頬に魅せられ、思わず顔を寄せてしまうクラヴィス。それに気づいたリファも離れようとはせず、むしろ軽く顎を上げて目を瞑る。そうして二人の距離は零となり、ゆっくりと唇を重ね合わせた。


「……ん、あの、クラヴィス……」


 お互い離れがたく、随分と長いこと口づけを交わしていた二人だったが流石にいつまでもというわけにもいかないのでゆっくりとリファの方から顔を離す。


「あ、ああ。すまない。そろそろ現実世界に帰ろうか」


 こういう場では男がリードするべきなのにまたリファに誘導されたことを情けなく感じるクラヴィスだが、名実ともに本当の恋人となったのだからこれからまた取り戻すことを決意する。そんなクラヴィスの考えはさすがのリファでもなんとなくわかるようで思わず笑みが浮かんでしまう。そして彼の手をしっかりと握り、こう言うのだ。


「……はい!一緒に帰りましょう!」


 リファの満面の笑顔にまた見惚れながらもクラヴィスはこう思うのだ、『ああ、彼女には一生かかっても勝てる気がしないな』と。

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