その瞳に映るは、
スランプ中、つらみ。
お久しぶりです。または、初めまして。
誤字脱字、お見逃しください。
拙いのをご理解ください。
***
〜隣花視点〜
やけにズキズキとする頭の痛みに耐えられず、重たい目をゆっくりと開ける。そこには見慣れた天井が映り、この部屋は自室だと理解する。いや、昨日自室のベッドに入り込み寝たのだから当たり前なのだ。しかし、やけに違和感がある。この記憶は本当にあたしのものなのだろうか、と。
でも、昨日確かにベッドに入る記憶があるのだ。
「あたしはなに寝惚けているんだ…。…刀でも振りに行くか……。」
自分自身が寝惚けていると思い込みながら、自室を後にし、いつものように中庭へと足を進めた。
(こんなんじゃ、『また』大事なものを―――。)
***
~月綾視点~
「わぁー!すごいね!人がたっくさん。」
装備を整えた門番が守る大きな門を越えたら、がやがやと人が行き交う大きな市が目に入ってくる。わたし達は馬車を下りて、各々軽く伸びをしている。
今日はとある用事でわたし達が住む屋敷から一番近くて(と言っても馬車などを使って1時間はかかる)大きな街に来ている。
とある用事というのも、わたしと美花の本業のためなのだ。各地の街や村に歌と舞を届けるのが【歌姫】と【舞姫】の役であり、世界の安寧を守ることが、その宿命に産まれた者の使命である。でも、わたしはその使命から〝逃げた〟のだ。そして、妹であり片割れである美花を巻き込んで…。
「綾、どうしたの?」
考えごとをして放心状態だったわたしの前に美花の顔がドアップで映った。どうしたのという言葉を少し弾ませながら、乗り物酔いが少し良くなったのか楽しそうにしていた。
「う、ううん。なんでもないよ!」
「そうなの?綾の演劇楽しみにしてるね!!」
ポニーテールをくるりと揺らしながら、わたしの前で軽く一回転すると蒼翠ちゃんの許に走っていった。
美花が言った「演劇」というワードにわかるくらいに心臓が脈打つのが分かった。バクバクとうるさい心臓に追い打ちをかけるように、わたしの名を呼ぶ声がする。
「月綾。」
「ひゃい?!」
変な声で返事したことへの恥ずかしさや、練習中のときの恥ずかしさも、兎に角いろんなものが混ざって、顔に熱が集まるのが自分でも分かった。呼ばれた方角を見ると、黒髪の少年がその黒い瞳を丸くさせてこちらを見ていた。その丸くなっている瞳にも、恥ずかしさが込み上げて…。
「にゃ、にゃんでしょう…。」
何ですか、というはずだったのに呂律が回らなくて噛むという失態を晒した。
(穴があったら入りたい、ってこういうときのことかな…。)
恥ずかしいので顔を下にして、気を紛らわせようとした。そんなわたしの気持ちなんて知らない彼は、こう言った。
「〝人と話すときは目を見ろ〟って言ったのは、どこの誰でしたっけ?」
わたしの顎は簡単にガッと掴まれ、強制的に上を向かせられる。必然的にバチリ、と視線が絡むがその視線が意地悪で。心なしか口元も楽しそうに歪んでいる気がする。それらが熱に変わってわたしの思考回路はショート寸前だった。
(この人、やっぱりあのときのこと根に持ってる?!)
口を金魚のようにパクパクさせて、弁解をしようと試みるもうまい言葉が出てこなかった。そんなわたしを救うかのように、透き通る声が鼓膜を揺らした。
「こーら。街の真ん中でいちゃつかないの。」
今日は普段のお団子で纏めている髪型じゃなくてポニーテールにしている蒼翠ちゃんの声だった。
「別に、いちゃついてなんかいませんよ。こんなちんちくりん、好みじゃないんで。」
わたしから手を離すとその手をひらひらと振って、てくてくと歩いて行ってしまった。わたしが変わらず赤い顔でパクパクとしている隣で、蒼翠ちゃんは笑いを堪えているようだった。
「さっきの言葉だと、説得のときなんか怒られるようなこと言ったの?」
「いや、ちが…。ふぇ?いったの、かな?」
「訊いてるのは私なんだけどね。」
と言って、また笑いそうになる蒼翠ちゃん。そんな蒼翠ちゃんを止めるように
アルトの声と、テノールの声が重なった。
「蒼翠、月綾を説得に向かわせたのは、あなたでしょう?」
「全部知ってて訊くのは、さすがに虐めすぎだと思うぞ。」
葵ちゃんは呆れたようにわたしの頭を、蒼空さんは語尾を震わせながら蒼翠ちゃんの背中をぽんと叩いた。
「ふふ、だって可愛いから苛めたくなっちゃうのよ。」
と言ってとうとう爆笑しだす蒼翠ちゃんにじとっと、した視線を向けて顔の熱を冷まそうと、手をパタパタしていた。そんなわたしに先程も見たような意地悪な瞳で、蒼翠ちゃんは言葉を残し、わたしの顔を熱くさせた原因である少年―――陽さんの許に行ってしまった。
「まぁ、何はともあれ〝演劇〟頑張って、ね?」
先程からみんなに言われる言葉。その意味は蒼翠ちゃんの一言から始まったのだ。
***
~1カ月前~
陽・カイルムが仲間になってから一カ月が経とうとしていた。変わらず彼は蒼翠・レヴェット達と慣れ合うつもりはなかった。が、同性である蒼空・ソティラスとは少しずつだが打ち解けていた。しかし蒼空はもっと仲良くなり、互いが抱える『傷』を見せ合うために、という気持ちから恋人である蒼翠に相談をする。蒼翠はちょうど定期的な【歌舞】の時期であったため、ある催しをすることを考える。
普段【歌舞】のときに劇も前戯として披露していた。そのときのキャストは蒼翠や蒼空、葵・ガーネシャ、隣花・レーヴェラルド=ヴェルデが通例としていたが今回は陽と月綾・マースリンに主役をやらせようと言いう提案をしたのだった。
本人たちがいない間に決定事項となり、夕飯時にそれが伝えられるがそれに反抗した陽を月綾が説得しに行くところから始まる。
~月綾視点~
びくびくとしながらその扉を叩く。わたしの気持ちと反対に軽やかな音が響く。しかし一向に返事はなく居たたまれない空気が流れる。それを嘲るように木枯らしが木々を騒めかせていた。
わたしは、蒼翠ちゃんに説得してこいと言われたのでやりきるしかない。
(がんばれ、自分!!)
勢い良く扉を開ける。
「陽さん!!先程のことで、す、が……。」
勇気を出して言葉を紡いだものの、その部屋はもぬけの殻だった。窓が開いており、風の影響でパタパタとカーテンが揺れていた。
予想外のことに一瞬唖然とする。カチッと、動く秒針のおかげで我を取り戻し、拙い頭で考えたわたしは、既に日が暮れ、暗くなった外に飛び出した。彼のことを考えたら多分、いや絶対にあそこにいるのだろう。
彼がここに来てから元気がなかったので教えた、秘密の場所。美花にも教えていない、わたしだけの秘密の場所を彼と共有することで彼に近づける気がしたからだ。
屋敷から近い、けど遠いところにある花園。そこは月の光がとても淡くて、儚くて。優しい月光が見たことのない花々を照らしているのだ。そこにいるだけで心が落ち着くのが解った。彼はそこをかなり気に入っていたから、いるのだ。きっと。
案の定、彼はそこにいた。月光に照らされる横顔や花々に囲まれて儚そうで、幻かと間違うかのように、美しかった。
「っ。」
出しかけた言葉は形にならず、ただの息になって溶けた。訳も分からず、涙がひとつ、頬を伝うのがわかった。なんでそうなったかというと、彼が泣いていたからだ。彼の心が伝わった気がしたから。なんていうのだろう、人の心に直接触れているみたいな。
なんだが胸が苦しくなるから彼に気付かれないように屋敷に戻ろうと、踵を返した。が、足元に注意がいっておらず、花に足を取られて、盛大にコケてしまう。
「きゃあ!」
思いっきりコケ、彼の前に姿を現してしまう。
「っ!!おまえ、なんでここがっ!!」
「え、えっと…。」
自分の不注意さを呪いたくなった。言い訳は見苦しいけど、とりあえず沈黙を破ろうとわたしの口から出たのは、
「さっきの話なんですけど…。一緒にやりましょう?」
最悪な状況での説得の言葉だった。自分でも話題の選択を間違えたと思ったけど、それしか思いつかなかったからしょうがない。そう開き直ることにした。
「……やらないし…。それだけだったら、さっさと帰れよ。」
陽さんは一瞬驚いたような顔をしたような気がしたけど、すぐにそっぽを向いて月を仰いでいた。その様子から、わたしの話を聞こうとする姿勢は見られないので、どうしようかと考えた。そして、わたしは蒼翠ちゃんと出逢ってから言われたことを思い出し、陽さんにも言ってみることにした。
(確かわたしと美花があまりにも他人を信じようとしなくて、瞳を見ようとしないから、蒼翠ちゃんはこう言ったんだ。)
「『人と話すときは人の目を見なさい。その人のことを良くも知らずに見ないことは失礼だわ。その人の瞳を見て、信用に足るか見極めなさい。』。」
「は?」
「蒼翠ちゃんが言ってたんです。…初めは蒼翠ちゃんのことなんて全く信じてなくて、他人という存在が怖くて怖くて仕方なかったんです。でも……。」
あまりにも心を開かないわたし達に蒼翠ちゃんが逆ギレのように言い放っためちゃくちゃな言葉。それを思い出しながら今は笑って言えるそれを、懐かしむように胸元に両手を添えて言葉を続けた。
「だから、わたし達が話している時はわたし達のことを見てください。あなたが話すならわたしもあなたを見ます。あなたに背を向けることはしないから!あなたのことを、置いていかないから!だからっ―――!!!」
そこまで言葉を紡いだが、口を押えられ最後の言葉は遮られてしまった。音もなく添えられた彼の手はとても冷たくて……。
「あんたの言いたいことは解ったから、さっさと帰れば?」
黒い鋭い瞳が突き刺さってぞくり、と背筋が震えてそれ以上口を出す気にはなれなかった。ただ、背が震えたのは恐怖からじゃない。わたし達がこれからどんな言葉を紡いだって彼の心を開くことはできなさそうに思えて、悲しかった。あと、彼をここまで傷つけた他人が許せなかった。もういろんな感情がグルグルして、半ば八つ当たりのように彼の頬にその感情をぶつけた。
「――――――バカッ!!」
そのままいい逃げをした。後ろの方から「おいっ!」って声が聞こえたけど無視してとにかく走った。
~陽視点~
ひりひりする左頬をさすりながら、風の勢いで走り去ってしまった彼女の後ろ姿を思い描く。
「あの女…。大人しそうな顔しといてとんだゴリラだな…。」
昔もそんな風に自分の感情を真っすぐ俺にぶつけてくる奴がいたな…。とか、もう戻れない昔を懐かしんでいれば先程の月綾の顔が、浮かんだ。
自分を映していた瞳は酷く無彩色に見えた。俺を映しているはずなのに、その景色を映しているはずなのに、誰も映してようなそんな瞳だった。
「お前の方が、何も見ていなんじゃないのか…。」
でも、同じなのかもしれない。自分も…。
演劇なんて死んでもやるかと思っていたが、あいつはあの時に何も言わずに傍にいてくれた。それはとても助かった。余計な気を使わないで、ただそこにいてくれたのだ。と、考えていれば借りなのでは?と思い始め、結局ひとつの結論を出す。
「はぁ……。ま、借りがあるから、それでチャラにしてやるか…。」
ため息を大きくついて、初めて会ったときの月綾の姿を思い出す。あの瞬間、何かが全身を駆け抜けた気がするんだ。それと同時に、どこか懐かしさを感じた。でもそんなはずがない、と胸に隠した。
風が俺の考えを攫っていくかのように通り抜ける。ざぁっ、と花が歌を奏でる。胸の中に今なおずっとある、『彼女』の存在。『彼女』を想いながら、月を見る。
「なぁ、俺はどうすればいいんだ…。―――。」
~月綾視点~
あまりにも理不尽な怒りをぶつけた後、冷静になることもできずただ家までの道路を走って帰った。心臓は慣れない有酸素運動の激しさによりバクバクと早鐘を打ち、うるさい。
「はぁ、はぁ、…。」
流石に体力が限界で走る足を少しづつ遅め、膝に両手をつき息を整える。乱れたツインテールの髪がどれ程全力で走ったかを物語っていた。息を落ち着かせようと大きく深呼吸をする。
「わたしの方が、バカだよね…。」
もう目前に見えた我が家の扉を見つめながら、先の自らの行いを反省しつつ呟いた言葉の後、蒼翠ちゃんに何と言おうと考えながら、ドアノブに手を掛けた。
「ただい……、え……。」
ただいま。そういうはずだったが、扉を開けば思わぬ人物がおり、思わず変な声が出た。だってそこにいたのは…。
「…おかえり。お前、足遅いな。」
黒髪を揺らしながら、先程叩いた左頬はまだ少し赤みが掛かっていて―――。紛れもなく陽さんだった。
「な、んで、陽…さんが、わたしより先に?!」
「だから、お前足遅いなって。っていうか、お前が通った道遠回りだぞ。」
「え!?」
自分が先に帰ったのに、後から帰ってきた陽さんがいるという事実と、自分がいつも通っていた道が遠回りという事実に間抜けな声が零れた。
それよりも、先程の件で顔を合わせずらかったのにほんの数分で出会うという自分の運のなさに泣けてきた。
「……………。」
「…………………………。」
お互い何も言わずに嫌な空気が流れている気がした。
(と、とにかくここから抜け出したい…。)
居たたまれなくなって、靴を脱ぎ捨て彼の横を通ろうとしたら、陽さんがわたしの腕をガシッと掴んで、いじわるそうな笑顔で、こう言った。
「さっきの話、やってやるよ。」
「え!?いいんですか!!」
思わない言葉に顔が思わず綻ぶ。その顔を見て陽さんが
「勘違いすんなよ。借りがあるからだ…。」
「……はいっ!!」
頭の中で借りとは?と考えていたが、とにかくやってくれるならいいと思い、笑顔で返事をする。陽さんは頬を少し赤らめながら自室へと入ってしまった。わたしも階段を上がり、膨れっ面であろう美花が待つ自室へと向かった。
***
~月綾視点~
結局その後、自分が思っていたよりハードな練習と陽さんにドキドキする自分で練習は心臓に悪かった思い出しかない。それでも少しくらいは陽さんと仲良くなれた気がするので、良かったといえば良かったのだ。今日はその成果を発揮して、より多くの人に感動させて、歌も楽しんでもらいたいと思った。
「ねぇ、綾。」
「ん、どうしたの?」
回想が終わったのをまるで見計らうかのように美花が嬉々とした顔で話しかけてくる。
「ね、ね。時間まだあるし、一緒に市場見て来ようよ~!!」
美花の言葉に首から下げている懐中時計を開けば確かに時間がある。準備の時間を考えても2時間くらいは余裕がある。
「そうだね、折角だし回ろっか!」
「うん!!」
オッドアイの瞳を嬉しそうに細め、ぎゅうっと抱き着きてくる美花の頭を撫でる。少し先を歩いていた蒼翠ちゃんに声を掛ける。
「蒼翠ちゃん、時間まで市を見てくるね。」
「あら、気を付けてね?時間までには帰ってくるのよ。」
蒼翠ちゃんは陽さんの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でながら、顔だけをこちらに向けて言った。その仲の良さが羨ましく思えた。
「じゃ、美花行こっか。」
「うん!!あ、りんちゃんも一緒に行こう!」
美花はわたし達の後ろを歩いていた隣花ちゃんに声を掛ける。隣花ちゃんに選択肢はないような言葉に彼女らしさ感じながら、わたしも言葉を繋げる。
「隣花ちゃんがいてくれたら、間違いないね!」
「全くお前たちは……。しょうがないな…。」
困ったようにでも優しそうな顔で、ため息をつきつつ、笑顔で返してくれた。わたしの隣で美花が「わぁーい!!」と言いながら隣花ちゃんの許へと抱き着きに行く。「りんちゃんだいすきっ!」、「ふ、知ってる。」っていう会話が聞こえてくる。隣花ちゃんのアイスブルーの鋭い瞳が糸のように細くなって、普段の表情より綻んだ顔をしている。
彼女は気付いているのだろうか?美花を見つめるときの瞳がわたし達に向ける瞳よりとても優しくなっているのに。美花といるときの隣花ちゃんはとても楽しそうだった。本人達は気付いていないようで、そのことに気付いているのは、わたしと葵ちゃんと蒼翠ちゃんだけなのだ。蒼空さんは蒼翠ちゃん曰く鈍いらしいから、気付いてないとのこと。
「月綾、行くぞ。」
わたしの前に出された細く長い褐色色の手。隣花ちゃんと美花は手を繋いでいて、その後に美花も繋いでいないほうの白い手を
「綾、行こう?」
と、差し出してくる。
(ああ、なんて幸せなんだろう…。)
「うん!!」
二人の手に自らの手を重ねた。
この後、
隣花ちゃん「おい、どっちか手を離せ。」
美花ちゃん「え?やだ。」
月綾ちゃん「もうちょっと繋ぎたいなぁ。」
隣花ちゃん「よく考えろ。このままじゃ移動できないだろ。円形のまま動くとかあたしは嫌だぞ。」
月綾ちゃん「え、円形かぁ。それは…。」
美花ちゃん「え、円形いいじゃん!仲の良さがよくわかるね!!」
隣花ちゃん「………………。月綾、手を離してくれ。」
月綾ちゃん「うん、なんか、ごめんね?美花が…。」
美花ちゃん「えー、輪っかやめちゃうのぉ。」
円形で移動してもいいとは思うんだけどね。
閲覧ありがとうございました。
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