Lの粛清
木枯らし吹きすさぶ横縞通り、そこに顔をストオルで隠した女が一人。
身に付けている物、全てが一目で高価と分かるブランドの品。
しかし、よおく近くで目を凝らしますとほつれたり小さな虫食い穴が。
革の手袋からのぞく細い手首には縄の痕。
大きなサングラスの奥、鳶色の目の周りは黒く大きな斑点模様。
女は煉瓦作りの喫茶店へ吸い込まれて行った。
店の一番奥の席で、学生服を着た少年が片手を上げて合図する。
女が小走り気味に狭い通路を通り、少年の向かいへ座る。
「いらっしゃいませ」
初老の店主がお冷やと熱いおしぼりを持って注文を取りに来た。
「紅茶を……」
「かしこまりました」
初老の店主が下がる。
女はサングラスを外し、ストオルを自分の膝の上へ滑り落とした。
なんと、女はまだいたいけな少女であった。
白い肌に殴られた痣をこさえ、落書きのような化粧、鳶色の眼と控えめに筋が通った鼻、ぽってりとしかし、厚すぎない小さな唇。
中年の女性を想像させるお召し物はその他を欺くためだった。
「やあやあ、いったいどうした?その痣は?」
少年が取って付けたような声を出し、少女の顔を指差す。
「……お兄様に」
少女はそれだけ呟くと黙りこむ。
「君のお兄様は本当に野獣だな。君、孕んではないだろうね?」
「………」
狐のように笑う少年を少女は睨み付けた。
「おお、怖い怖い。しかし、君、孕んでいては連れて行けないよ」
「……大丈夫よ。今は月のものの最中ですもの」
「野獣であらせられるお兄様は生理中の君を殴って抱いたのか。いやはや感心するよ」
「……」
「そのお召し物は亡くなったお母様のかい?」
「そうよ」
「ずいぶんと朽ちているな」
「蔵に残っていたものだから」
初老の店主が紅茶を運んでくる。
「あら、あなた、何も注文していないの?」
少年の前にはお冷やもおしぼりも置かれていない。
「ぼくは飲めないからね」
「……やだわ。本当なのね」
「本当でなければ、ぼくは君を連れて行けないじゃあないか」
「そうだけれど、あなた、そんなでいいの?」
「いいもなにも、ぼくはそのためのものだから」
「……そう、私、では、あなたに感謝をするわ。あなたには意味のないことだとしても、私、あなたにありがとうと、きっと言うわ」
少女は少年のテエブルに置かれた白い手に革の手袋をした手を重ねた。
「温度が分からない。ぼくにぴったりだ」
少年は無邪気に笑うと立ち上がった。
「行くの?」
「ああ、行くさ。君、待っていてくれるね?」
「ええ、待つわ。紅茶を飲み干しても、おかわりして待っているわ」
「そうしておくれ」
少年は一人店を出た。
向かうは少女のお屋敷。
リンゴン、と呼び鈴を鳴らせば頬に痣をこさえた使用人の女が疲れた顔で出迎える。
「ミオウの使いのものですけれど」
少年の言葉に使用人の女が門を開ける。
ミオウは少女の名。
「やあ、君、ちょっと出ていてくれないだろうか。これで最中でも買ってきておくれ」
少年は学生服のポケットから千円札を一枚取り出し、使用人の女に渡す。
「でも……」
「ミオウが食べたがっている。買ってきておくれ」
「……はぁ」
もう、自分で色々と考えることを奪われた目が女の瞼にはめ込まれていた。
「さあ、お行き」
少年が使用人の女の背中を優しく押した。
蔵が立ち並ぶ手入れのゆき届いた庭を少年はゆうゆうと横切り、開け放たれた縁側へ靴のまま上がり込む。
「誰だ!」
ポロシャツにスラックスという出で立ちの青年が驚いたようにソファアから立ち上がった。
「やあ、お兄様。ぼくはミオウの使いでやってきたものだよ」
「ミオウの?」
「ああ、今日はミオウではなく、使用人の方でもなく、このぼくと遊ぼうじゃないか」
「………何のつもりだ!」
少年は構わずミオウの兄へどんどん近づく。
「来るな!だれか!来てくれ!」
「来るなと言ったり来てくれと言ったり、お兄様はどうなさりたいのかな?」
少年はクツクツと笑い、とうとう青年の胸ぐらをつかみ上げた。
青年の両足が軽々と浮き、ポロシャツの襟元が首を締めて、頸動脈が圧迫される。
「お兄様、あなたはミオウを愛しているのか?」
真っ赤に膨れた顔で青年がわずかに頷いた。
「……そうですか」
少年はパッと手を離すと青年は床に倒れこんだ。
それを見下ろす少年は口のまわりを丹念に自分のべろでなめ回す。
「ゲホ!ゲホ!おま、誰だ……ガハ!」
床に這いつくばって青年はそれでも負けん気を発揮させ、少年を睨み付けた。
その表情、ミオウと瓜二つなり。
「ミオウを愛すというのなら、なぜ野獣のごとく振る舞うのか、ぼくには理解しかねます」
少年はしゃがんで青年のあごを指で持ち上げた。
「お前に何が分かる!」
青年は唾を飛ばし、怒鳴った。
「ぼくには分からない。ぼくは愛を粛清するためのものだから」
「愛を粛清……?」
「お兄様、あなたは愛を間違った。だから粛清する」
言い終わると同時に少年は青年にくちづける。
「む……う」
青年は抵抗しようとするが、少年の口から漏れ出す甘い痺れからは逃れられず、ついに昏倒して事切れた。
「野獣のお兄様、粛清しました」
「思ったよりはやかったのね。まだおかわりしてないわ」
少女が喫茶店に戻ってきた少年を座ったまま見上げる。
「終わったよ。行こう」
「……そう」
少女は立ち上がる。
「逃げてもいいけれど……」
少年が不意に呟く。
「ふふ、あなた、感謝しているわ。ありがとう」
少女は少年の手を取り、逃げない意思を表明した。
「博士、優しくないよ。いいのかい?」
めずらしく困ったような面持ちの少年。
「いいわ。お兄様より優しくない人、私にはいません」
「………そう」
「ええ」
初老の店主に少年は紅茶の代金を払い、二人は横縞通りに姿を消した。




