第一話
本を読んでいるうちに段々と瞼が重くなっていくときのような心地良い微睡みの時間はなく、ベッドに横たわり、瞼を閉じた次の瞬間には、カーテンの隙間から陽光が差し込んでいた。
ぼんやりと天井を眺めながら、昨日のことを思い出そうと努める。
特別なことは何一つなかった。
仕事、食事、入浴、睡眠、それ以外の細々とした日常の些事も全てが代わり映えのしない生活だが、それ自体には大して不満はない。
退屈ではあるが、退屈していられるのは平和な証拠でもある。
しかし、昨夜は少々飲み過ぎたらしい。
記憶は曖昧だが、頭痛と吐気がそれを裏づけているように思われた。
とりあえず、時間を確認しようと思い、枕元の時計に手を伸ばそうとしたときに、ふと右半身に違和感を覚えた。
頭を回らせ、「違和感」の正体を見やる。
「……」
……見知らぬ少女が、そこにいた。
少女は、わたしの右半身を抱きしめるようにして眠っていた。
上質の銀糸を彷彿とさせる毛髪が、陽光を受けて宝石のように煌めいている。
少女の体温が、衣服を介してじんわりと染み込んでくるように感じられた。
「ん、ん……」
少女が身じろぎをするたびに、意識はそちらに集中してしまう。
それでもわたしは、自分でも驚くほどに冷静だった。
少女の容姿をもう一度確認する。
やはりその顔に見覚えはない。
そのはっきりとした目鼻立ちを見るに、日本人ではないだろう。
年の頃は、せいぜい十七、八といったところか。
まるで神話をモチーフとした西洋画から抜け出してきたかのようなその雰囲気は、毛髪の色に負うところが大きいのかもしれないが、しかしそれを差し引いたとしてもどこか現実離れした存在であるように思われた。
「それは、あなたが理の異なる世界の住人だからかもしれませんね」
少女は、蒼玉色の瞳でこちらを見据えていた。
いつの間にか目が覚めていたようだ。
「理……?」
「ええ、あなたもすでに分かっておられるのでしょう?ここが自分の部屋ではないということを」
たしかに、わたしは気がついていた。
いくら起き抜けのぼんやりとした頭でも、絢爛豪華な装飾に覆われた円天井を見れば、ここが自分の部屋ではないことくらいは理解できる。
「まあ、一応ね。でも、これは夢……」
「ではありませんよ」
少女は、わたしの言葉を遮り、それを否定で引き継いだ。
まるで相手の思考を読み取り、それに上書きでもするかのように。