エブリデイ籠城~晴れ、時々お粥~
「凄くヤバいな」
ヤバい、と言う割にのほほんとした口調で、そのおっさんはつぶやいた。
彼の名はハショウ。
地方の小さな領地、リシュウの街を治める領主だ。
「いや、ハショウ様、これはハショウ様が思う以上にかなりヤバいっすよ」
領内の自警団団長を務める若い女騎士が、ハショウに負けないくらいのんきな口調で言う。
「真剣? 俺の想像を越えるとか超大変だぜ?」
「いや、だから超大変なってるんすよ」
「マジでかー……参ったなぁ」
ハショウと女騎士は現在、街の端にいる。
このリシュウの街は四方を断崖絶壁に囲まれた自然の要塞、たまに空中都市なんて言われちゃう様な場所だ。
ドラゴンを使った空路でしか外界との繋がりを持たない。
余りにも外敵の危険が無いその立地故か、この地に住む者は皆総じて……緩い。
「で、どうするば? こういう時のための自警団だろ?」
ハショウは断崖に沿って作られたガードレール的な柵に手を付き、崖の下を指差す。
そこには、崖を地道によじ登る、数百体以上のゴブリンの群れ。
「いやー……あれは無いっすわー……剣とか槍でどうにかなる数じゃないっすわー」
「無理系?」
「ぶっちゃけ……無いっすわー」
「そうかー……マジでヤバいなー……」
ゴブリン達も、きっと必死なんだろう。
最近では人間の軍事力も高まり、あの手のモンスターが人里を襲っても、収穫を得られないどころか逆に損害を被る事が多いはずだ。
だから、今まで1度も襲った事の無い、この自然の要塞に手を出して来た。
そのくらい、切羽詰まってるのだろう。
まぁ、ハショウ達はそんなゴブリン達の事情なんて知らない。
いきなり襲撃とかされても、「迷惑だわー」って感じなのである。
「ったくよー……昨日の大雨のせいで地味に洪水被害とか起きてるってのに……色々面倒事かかえてる時に来ないで欲しいさー……」
「面倒事が起きてなくても御免っすけどね……あー、そう言えば、洪水のせいで米倉がやられちゃったそうっすね」
「マジよー。あの量の米がダメになったとか、マジ勿体無い」
話が脱線している今も、ゴブリン達は着々と絶壁を登り進めていく。
「っと……とりあえずアレだよなー。登り切られると超大変だし、落とすか」
「え、落とすんすか。絶対痛いっすよ、ここから落ちたら」
「仕方無いやっし。落とさんと多分俺らが痛い思いするぜ?」
「うーん……そうっすね。で、どうやって落とすんすか?」
「そりゃー……あ、あれだ、水とかでこう、バシャーンって。洪水のおかげで水なら腐る程あるし」
「でも、水くらいで流せるモンっすかねぇ」
「うーん……あ、閃いた。兵士達集めて」
「妙案があるんすか?」
「おう。あの量の米をただ捨てるってのも勿体ないし、有効活用しよーぜ」
十数分後、崖を登るゴブリン達。
「ごぶっほ、ごぶっご……」
※この崖マジできっついわー。
「ごべごご、ごぼっほ!」
※頑張れ、頂上まであとちょっとだ!
「ごんぼぼ! ごぼべぼ!」
※おら! 気合見せろや!
「ごふ」
※こんな所に住んでる連中だ。きっと外敵も少なくて、油断しきってたはずだぜ。さっきから全然攻撃が来る気配がねぇのが良い証拠だ。こいつぁもしかしたら今世紀最大のカモかも知れねぇ。根性出してけテメェら。この上にゃきっと略奪し放題のユートピアが待ってるはずだ。
「ごべっふ!」
※了解っす兄貴!
お互いを励まし合いながら、ぞろぞろとゴブリン達が崖を登り進めていく。
その時だった。
「ん、ごべ?」
※何か降って来た?
「ごひっ、ごぶぉ……ごえぇぇぇぇっ!?」
※うわっ、何か白くてネトネトで……熱ぅぅぅぅっ!?
「ごべんぼぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
※如月ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
「ごべんぼ、だっぼごぉ!」
※兄貴、ゴブリン如月が!
「ごう……!?」
※何だ……一体何が起きてやがる……今、如月に降りかかった白くてやたらネバネバしてそうっていうかこう……とにかくありゃ一体何だ…!?
「ごべ……ごるごぼ!」
※やべぇ……また来るぞ!
戸惑い騒めくゴブリン達に、その白い物が雪崩の如く襲いかかる。
「ごうあ……ごぼあぁぁぁぁぁぁ!?」
※い、一体何なんだ、何だと言うんだ……この白くて粘っこい、ぶっちゃけお粥っぽいこれはぁぁぁぁぁぁ!?
「おお、効いてるなー、お粥シャワー」
軽い口調で笑いながら、ハショウは大鍋から柄杓で掬った物をひたすら崖の下へ放り続ける。
それは、あっつ熱の沸騰お粥。
洪水のせいでダメになった米を、キャンプファイヤーでお粥にして崖の下に放っているのだ。
ただ熱湯を放るよりもお粥の方がダメージが期待でき、ゴブリン達を落とす効率が上がる。
大量の水と大量の廃棄米が織り成す、洪水が生んだ奇跡の防衛術である。
「面白いくらいボロボロ落ちてくっすねー……あ、下の方でボスっぽいのがめっちゃ怒ってるっすよ」
「文句言うなって話だなー」
「厳しいっすね」
「お粥かけられるのが嫌なら、攻めて来なければ良いばーよ」
「まぁそらそうっすけど……向こうも食物とか欲しくて必死なんじゃないすか?」
「なら自分で畑でも何でも耕せば良いやっし。ゴブリンって頭良いんだろ?」
「そうっすね。人の文字も読める奴とかいるらしいっすし」
「まぁ、後で教本と農具一式、それと苗種でも落としとくさ」
「アフターケアもばっちりっすね」
……こんな感じで、今日もリシュウの街の緩さはなんだかんだ守られているのである。
ちなみにこの翌年。
ゴブリン達が生産・出荷する超オーガニック野菜が世界中でブームを巻き起こすのだが……それはまた別のお話。
「この輸入物の野菜、凄く美味いだなー」
「神がかってるっていうか、人が作ったとは思えないっすねー」
「マジよー。あー、領内でこんなん作れたら、野菜嫌いの子供とかめっちゃ減るんだろーなぁ」
「生産地、この街から結構近いらしいっすよ」
「お、マジでー? ちょっと定期的な貿易とか持ちかけに行くか」
「良いっすねー。こっちは何を輸出します?」
「うーん……米とか?」
その頃も変わらず、リシュウの街は平和だったとさ。