日本的には夏休みⅡ
黒いスーツを身に纏う、黒髪オールバックの男性。王というよりは、CEOや社長という印象を抱かされる。
ふと、異世界文化が芽吹いているという事を聞いていただけに、俺は一つの質問がしたくなった。
「ラグーン王、質問いいかな?」
「構いませんよ」
「……異世界人なの? その髪に服装、俺の世界にそっくりな物があるんだけど」
黙ったまま数歩進み、僅かに緊張感を覚えた時点で返事が来る。
「いえ? 私はこの世界の生まれで、この世界の育ちですよ。スーツについても、異世界から召喚された物を使っているだけですし」
異世界から何かしらが現れる、という事は本当のようだ。
「ではこちらも聞かせていただきます。カイト氏は異世界人ですか?」
「そうだよ。元は日本という国に住んでて、名前も池尻海人だった」
半ばあの世界を過去と認識し始めていただけに、だったなどと過去形で言ってしまう。
「池尻、海人ですか。いい名前ですね」
ラグーン王の発音は、かなり日本のそれに近かった。
「ではそちらの礼儀に従って――池尻さん、あなたはどのような経緯でこの世界に?」
名字で呼ばれるなど何年ぶりだろうか。少なくとも、この世界では初めての経験だ。
「それは俺もよく分かってないんだけど、向こうの世界でこっちの住民に襲われてさ」
「こちらの世界の……詳しく聞かせていただいても」
「オッケーだよ。……《魔導式》の使い手があっちの世界にいたんだ。その当時は何だかよく分からなかったけど、今ならこっちの世界の住民だったって分かる」
「なるほど、異世界には《魔導式》は存在しませんからね」
思っていた以上に、ラグーン王は異世界側の造詣が深いらしい。
「ただ、基盤やプログラムはこちらの世界のそれに比較的類似していますよ。特定の配置と特定の素材、特定の記号、それらを組み合わせて起こすのは、もはや奇跡と言っても過言ではないですね」
分からないでもない話だが、なんだか難しい話のようだ。
「なんでラグーン王は異世界の事を?」
「雷の国には異世界からの道具が現れます。これを《武潜の宝具》と言うのですが、その研究を最も行っているのが雷の国なのですよ」
むしろ、水の国ではその存在すら聞かなかった辺り、この国以外はしていないのかもしれない。
「パパはその最高責任者なんだから! 研究者を指揮して、パパも研究しているのよ!」
子供らしく、甲高い大きな声でライカは言う。口調はもう諦めたのだろうか。
「王様が研究者なんて、すごいなぁ」
「それ程でもありませんよ、研究は好きでやっているわけですし」
そうして雑談をしていると、シアンを待たせている部屋へと到着する。
「シアン姫、祭典への参加、感謝いたします」
「いえいえ、私も楽しみでしたので」
シアンは俺の方を見た後、少しだけはにかんだ。
「祭典まではしばし時間がありますので、散策などを自由に行ってください。必要な物があれば、係の者にお願いします」
「はい」
短い挨拶が行われ、ラグーン王とライカは部屋を出ていく。
「とりあえず俺は散歩してくるね」
「私も行きます!」
「シアンはどうする?」
「……私は残っていますよ。それと、狂魂槌は忘れないようにお願いしますね」
よく分からないまま、俺は狂魂槌を背負う為のホルダーを身につけ、背中に吊るした。
何が起きても大丈夫なように、という心掛けで買っておいたのも無駄ではなかったらしい。
さすがに袋に入れるわけにはいかないので、武器を裸のまま固定できるベルト型の物にしたのは、利便性だけでは言い訳出来ないのだが。




