倒すべき相手と守るべき者Ⅱ
火の揺らめき、消える前兆、射程距離、それらを理解する度に攻撃の回避は容易となってくる。
一歩分、一瞬分、槍の穂先が届かないという、文字通りの紙一重で俺は槍の攻撃を止めた。
「近接物理戦闘とはいえ、さすがは《水の月》か。カイト、後は死なないようにしろ」
「ならウルスさんも接近戦支援を手伝ってよ!」
ほぼノーリスクで戦えているとはいえ、こちらには攻撃の手が少なすぎる。
狂魂槌はサイズの大きさもあり、連続攻撃は一切出来ず、何よりは動作が大きいので前兆が読まれ易かった。
詰まる所、完全な回避合戦を続けているだけで具体的なダメージを与えられていない。
「無茶言うな! こっちも残党狩りを同時に行っている」
いまだに数十人は残っており、それらはウルスの攻撃をしばらく見ていたからか、片手間で放たれる炎の刃をかなりの割合で避けていた。
ウルスが敵を殲滅するか、仮面男がヘマするのを待つか、どちらにしても俺は現状維持を務めるしかない。
次の瞬間、仮面男は消えた。
俺は火の揺らめきを頼りに左方へと移動し、攻撃軌道の線に入らないように数歩後退する。
だが、仮面男は俺の予測していた一歩手前で姿を表した。
「チェックメイト」
大切な事を忘れている事に気付かない――いや、思いつきすらしなかった。
相手が使っているのは時間停止であり、高速化ではない。ならば、己の裁量で射程を変える事も自在だった。
金色の線は俺の腹を貫いている。今すぐ後退しても、確実に直撃だろう。
俺がここで死ねば、ニオはどうなる。
ニオだけじゃない、シアンも、フォルティスの人も。
この仮面の男、こいつを倒さない限りは誰も守れない、誰も救えない。
死の間際の走馬灯は現れなかった。その代わりと言うべきか、意識だけは加速している。
この状況で俺がすべきは、最後までの悪あがき。無駄だと分かっても、最大限の後退を行う事。
仮面の男も等速に戻っているからか、減速した映像を見るように俺の回避と槍の進行が同時に見える。
俺の意思は――覚悟は事実を僅かに越えた。それこそ、完全に僅かでしかないが。
腹を貫くはずだった槍の軌道は大幅にずれ、穂先が数センチ突き刺さる程度にまで誤差修正する。
これで一手分は繋がった。まだ、俺は戦える。
意識が現実時間と同調された瞬間、槍は俺の腹部へと接触し、おぞましい衝撃波が体に襲いかかった。
「チェックメイト返しなんて、普通はできないけどね」
「――っ!」
仮面の男は驚きの声を漏らし、そのまま動作を固める。
「カイト、か。《水の月》、異世界人、面白い力を持っている」
「カイトっていう、俺一人が成した技だとは思わないかな」
「私の名はキリク。名乗りなど愚行でしかないが、今の奇跡に対する手向けだ」
明らかに奇妙な態度だと認識した途端、螺旋の刃はドリルを思わせる回転を開始した。
その刃は俺に触れる事はなかったが、物理的な接触の衝撃とは桁違いのショックが襲いかかる。
「私の神器《滅魂槍》の力は破壊。接触物の命を強制的に終わらせる、破滅の力」
神器の能力、それを俺は考慮せずに、度外視していた。
腹部からはおびただしい量の血液が噴き出し、俺は弾き飛ばされて地面に倒れる。
「カイト!」
ウルスの声は聞こえたが、視界はブレて、意識も朦朧としていた。
仮面男――キリクは通信術式と思わしきものを開くと、ウルスに背を向ける。
「ここは――ここも私の負けだ。しかし、善大王の情報は色々と得られた。《水の月》も殺せた」
「貴様……」
「《火の太陽》を相手にはするな、組織からの命令に従って手は出さない」
去っていくキリクを見逃したウルスは俺の傍に近づいてきた。
幸いか、黒ポンチョ達も撤退していき、ニオは救われる。本当に一対一交換になってしまったが、大切なニオを守る事は出来た。
「カイト! 起きろ」
「カイトさん! また起きてくださいよ! 死ぬなんて嫌です!」
二人に看取られながら、俺は目を閉じる。




