カイトの世界Ⅶ
「いせ……かい?」
俺はワイシャツを割き、止血を行いながら頷く。
「うん。そこで三年くらいは戦ってたかな」
若干は怪しまれると思っていたが、その表情は真剣そのものだった。
「でも、まだ一週間しか……」
「どうにも時間の流れが違うみたいでさ、俺もかなり驚いちゃったよ」
「驚いちゃったって……さっきのもその世界での力だったのか?」
「ま、そうだね。《水の月》っていう向こうの世界の勇者――みたいな能力者の一人だったんだ」
そこまで言い切ってから、俺は重要な事を思い出す。
「この事は出来るだけ秘密にしておいてよ。バレると色々と厄介だからさ」
「お、おう……」
友情が揺らぐかもしれない、とはこの時は思っていた。
人を信じたいと願う俺は時折、他者から見れば愚かに見えるように信じ込んでしまう。
ただ、今回に限ってそれはないのだ。
異世界からの来訪者となった俺は、もはやこの世界の住民ではない。
皮肉にも、流れている時間が違うからこそ、二つの俺は完全に分かたれてしまった。
しかし、翌日学校に行ってみると、それまでと態度を変えずに話しかけてくれた。
他愛ない話をしながら、漫画の話として異世界での事を話し、友人は武勇伝を聞くかのように受け入れてくれる。
「痛くても戦えたのは、その《水の月》って能力が原因なのか?」
「え」
「ナイフを腕に刺されても普通に戦えていたろ?」
言われて初めて、俺は事の重大性に気付いた。
冷静に考えるまでもなく、攻撃を受ければ痛いと思うのが先のはず。
だが、ライアスの時もそうだが、勝つ為とはいえ俺は自分の怪我を考慮に入れなくなってきた。
何よりは、そうしたダメージを受ける際の痛みがさほどない事が、恐ろしくもある。
「それで、腕の方は大丈夫なのか?」
「とりあえず止血しておいたし、さほど問題はないと思うよ」
そうして包帯を巻いた腕を軽く叩いて見せた。
「だいぶ胡散臭い話だけど、そういうの見ると信じちまうよなぁ」
俺は軽く笑い、友人の頭にチョップを見舞う。
「嘘じゃないって!」
その後、クラスに到着した俺はいつも通り――三年振りではあるのだが――授業前の準備を済ませた。
特に代わり映えのない授業を受け、六時間目の終了後には早々と帰ろうとする。
「なぁ海人、ちょっと助っ人頼まれてくれないかな?」
話しかけてきたのは、野球部所属のクラスメートだ。
以前に助っ人として参加した事はあるが、経験者でもないのでかなりボロボロだった記憶が残っている。
「数足りなくて、このままじゃ試合が出来ないんだよ」
「うん、いいよ」
依然と同じように快諾すると、俺は導かれるままにグラウンドへと向かった。
助っ人、数合わせとは分かっていたが、そこに来ていたのは三年前にテレビに出ていた甲子園優勝校のチームだった。
近所の高校だけに、長い年月を開けても存在を覚えていたが、なぜ弱小校であるはずのこちらに来たのだろうか。
「向こうは流しの練習、こっちは後輩に経験を積ませる為だから、とりあえず緊張しないでいいぜ」
俺の疑問は当然のものらしく、すぐに注釈が入る。
それだけである程度納得はいったが、負ける気で勝負など出来るはずがなかった。
任されたポジションは外野、ずいぶんと重要なポジションが休みになっているとは思うが、ノックなどをするならば影響は少ないかも知れない。
しかし、一発目からライナーが放たれ、二、三塁打レベルの軌道に入った。
無論、弱小チームでそれを取れるはずもなく、外野側へと球は飛んでいく。
バッターはドヤ顔でポーズを取っている辺り、ホームランを確信しているようだ。
俺は地面を蹴り、三メートル程跳躍すると、ホームランコースに入っていた球を素手で掴む。
「オッケー、取れたよ」
俺はホームのキャッチャーに向かって投げた。
距離はもとより、ミットに入る場所だったはずだが、なぜかボールはそのまま拾われずない。
「今のジャンプなんだよ」
「あいつ陸上部とかの所属じゃねえか?」
「それにしてもおかしいだろあれは」
どうにも、こっちの世界風にはかなり異常な跳躍をしてしまったようだ。
大人げなくもあるが、相手がタダで出来るバッティングセンターと思ってきたなら、少し痛い目を見せた方がいいかも知れない。
それから、ホームラン確定のようなボールを全て拾っていき、ゴロを狙っている時には軌道を読んで前衛へと回った。
こちらの攻撃は案の定というべきか、大抵が三者凡退のような展開。
しかし、俺の打席ではボールのくる位置が特定出来る上、パワーに関しても不足はなかった。
明らかに住宅街へと届きそうな特大ホームランボールをして一点を加え、そのまま試合は進む。




