カイトの世界Ⅵ
少女を囲う四人の内の一人、金髪の青年――おそらくは高校性くらいだろうか――の肩を軽く叩いた。
「何しているの?」
「んだよ、みりゃわかんだろ。このガキが俺にぶつかってきたんだよ」
「すみません! もうしませんから」
それが事実かどうかはともかくとして、少女は謝罪をしている。その上で因縁を付けているのだから、タチが悪い。
「謝ってるなら許してあげなよ。君達だって小さい頃はこんな事をした経験くらいはあるだろ?」
「関係ない通りすがりが突っかかってくんじゃねえよ」
視界には慌ててこちらに近づいてくる友人の姿が映っていた。
心配する必要なんてない、という意味を含ませて俺は笑みを浮かべる。
紙一重で拳を避けた俺は、黙ったまま金髪の男を睨みつけた。
「その程度、認識するまでもないね」
「おい、お前ら! こいつをシメるぞ!」
勝てないと踏んで数人掛かりで攻撃を仕掛けようとしているらしい。
それでも所詮は素人、四人の攻撃軌道は大抵が同じ場所で複数人での攻撃に寄る、攻撃範囲の拡張を行えていないのだ。
一、二発の攻撃を回避した後、残る二つは敢えて引きつけた後に回避する。
その瞬間、俺の顔面に向っていた二つの拳は衝突し、二人組は若干のけ反った。
「言わんこっちゃない」
「な、なんだよこいつ……プロボクサーかよ」
「俺はただの平民だよ。格闘技なんて習っていない……でも、君達みたいな素人とはくぐってきた修羅場の数が違う」
俺は組織の人間やライアスの放っていた殺意を模倣し、演技として行ってみる。
ただ、その気迫はこの世界で見られるような、虚栄などではないのだ。それこそ、紛争地域などに行かない限り分からないような、本物の死を示す前兆。
「こいつやべぇよ」
「テメェは黙ってろ! 俺はやってやるよ」
金髪の男は恐ろしく憤っているらしく、ビビりだしている茶髪の男を突き飛ばして懐に腕を突っ込んだ。
おそらくはナイフを取り出そうとしている。この世界、そしてこうした脅しを基本とする人種ならばバタフライナイフ程度だろうか。
俺は手首を内側に回し、顎と首付近を守りながら、というボクサー風のスタイルを取った。それだけで血管に対する致命傷はおおよそ防げる。
よほど錯乱しているのか、ナイフによる一撃が放たれた。
俺は攻撃の軌道が見えた時点で腕を前に押し出し、上腕付近に当てにいく。
ナイフが突き刺さり、友人と少女、それどころか金髪の男の取り巻きすら怯え出した。
それが正しい反応であり、何一つ問題がないと分かりながらも、俺はどこかで冷めた認識を覚えてしまう。
痛みはあるが、ライアスのような達人の一撃でなければ、体格を利用した物理的圧迫などではないのだ。
攻撃がヒットした瞬間、俺は蹴りで足払いをした後、腕に突き刺さったナイフを物理的にへし折ってから人のいない方に投げる。
「こっちの世界だと、このくらいしないと正当防衛にならないからね」
そこで俺は地面に倒れた金髪男のマウントを取り、防御を取れない状態にしてから顎に数発の攻撃を浴びせた。
意識を失った、そう感じた時点でゆっくりと立ち上がり、平然と携帯電話を取りだす。
「あっ、はい。あの中目黒の駅付近でナイフを持った男に襲われたので、来ていただけないでしょうか? ……はい、本屋の脇らへんですね」
それだけで警察と察したらしく、取り巻きは逃げようとしていたが、腰が抜けているのか動作は妙に鈍かった。
「はいそこ、ちゃんとこの場に残っておいて。そこの人はしばらく話せないだろうし、事情聴取を受けてもらわないと」
しばらくすると警官が数名現れ、少女をいじめていた集団は連行されていく。俺も連れて行かれそうになったが、視線が外れた内に少女の手を引いて裏路地へと逃げ込んだ。
「もしまた襲われたら、俺の事を言ってやりなよ。あいつらならそれでビビると思うからさ」
「あぅ、あの……」
「俺? 俺は池尻海人、カイトって呼ばれているよ」
「あり……ありがとうございました」
俺は笑い、少女に手を振って別れる。
表に出る前、友人は血が流れたままの腕を見ていた。
その表情からは、僅かばかりだが恐怖の感情が浮かび上がっている.
「海人、さっきの何だよ」
「そういえばまだ言ってなかったね。誰も言わないって言うなら、教えるけど」
「……言わないから教えろよ」
「俺、ちょっと前まで異世界に行ってたんだよ」




