カイトの世界Ⅲ
「あっ、母さん? ちょっと友達が困っているって言うから、少し帰り遅れるね。……うん、もう祐天寺に付いているから、すぐ帰れるよ」
そこで電話を切り、電話ボックスから出ると、あの男が待っていた。
「用事は済んだか?」
「ああ、これでしばらくは時間を開けられる」
しばし睨み合った後、俺と男は岩が大量に置かれている謎の場所――当時から何の場所か分かっていなかった――の付近に向い、人通りが少ない事を確認してから話し始める。
「なぜお前は生きている」
「お前こそ、何でマックで働いていたんだよ」
再度静寂が訪れ、俺が先んじて話す事になった。
「俺は向こうの世界、ミスティルフォードでシアンに助けてもらった。だからこうして生きている」
「……こちらはお前を取り逃して後に警察のお世話になり、拳銃で殺されかけたところで真人間になると決めた」
こうまで世界が違うと、考える事も小さくなるらしい。それこそ、秘密道具を持っても世界征服をしないのび太のように。
「ニューナンブでビビったの?」
「お前は知っているだろう? 向こうの世界にはマスケット銃くらいしかない。あのような高速発射が出来る武器など存在しない」
「それはいいけど、何でマックのバイトしてるの?」
敵意がない事に気付いた辺りで、俺は結構雑談を交え出す。
「この世界に来たばかりの頃は色々と問題を起こしてな……ガストやサイゼリアなどのファミレス系統はどうにも向いていなかったらしい」
俺とは少し違うが、この男はこの男なりに苦労していたようだ。
「術で悪さをする気はないのかな?」
「別の店で働いている先輩に聞いたのだが、この世界でそういう事をするとまずいらしいのだ」
「警察が?」
「いや、勇者やバイク乗りや正義の集団や秘密結社などが多いと聞く。それで倒された異世界からの放浪者がいると聞いてからは、自粛している」
こっちの世界にもそんな物騒な連中がいるとは知らなかった。異世界から人間のウェブだけでしか知られていないような情報なのだろうか。
「それにツイッターなどで晒されたら店にまで飛び火する。余計な事はしたくないのだ」
俺も人の事を言えないが、だいぶこの世界に染まっているらしい。挙句インターネットまで使いこなしているとは。
「俺以外に誰も殺していないんだよな?」
「無論だ」
それを聞いて安心した俺は、咳払いをする。
「なら問題はないかな」
「……消しに来たのではないか?」
「俺は偶然こっちに飛ばされただけ、それに武器もなくなって戦える状態じゃないよ」
とはいっても、どうにも《水の月》の力は残っているらしく、簡単な戦闘程度ならば問題はないだろう。
「この世界で何か困った事があれば言え、過ぎたる事としてもお前には悪い事をした」
「ま、その時はまたマックに行くよ」
「ビッグマックセットを二つ頼め、それで会いたいというシグナルだと判断する」
普通に生活している限り、一人で二つも頼むような事態はないだろう。ならば、この選択にも納得が行く。
「ならハンバーガー三つとか、いろんな種類のバーガーでもいいんじゃないかな?」
「売上を上げたいのだ」
もはや突っ込むべきかも分からなくなり、俺は軽く流して自宅へと帰った。




