放浪するベテラン冒険者Ⅹ
「――ほう、それで組織を疑っているわけか」
「それにしても、ウルスさんは何でこんなところに?」
当たり前の質問をしたつもりだったが、ウルスさんは呆れたような仕草を見せる。
「気付いていないならご愁傷様。気付いているならよほどの阿呆か」
「どういう意味?」
「この森の先、おそらく数百人規模の人間が待ち構えている」
意識を集中してみるが、人の気配は全くなかった。
「誰もいなそうだけど?」
「魔力の察知ができないわけか。なかなか面倒な事態だ」
俺に気兼ねするでもなく、ウルスは先へと進んで行こうとする。
「どこに行こうとしているの?」
「……人助けだ。人質がいるとは思わなかったが、ついでだ――そのニオという娘も救ってきてやる」
どうにも、ここで遭遇したのは完全な偶然だったようだ。
魔力察知の結果、明らかにおかしい人数がいると気付いて、それを退治しようとウルスはここへと訪れた――そう考えると、何もおかしい事はない。
だが、数百人規模も待ち構えているとなると、何の接触もなかった事も納得できた。
結局のところ、俺が離れていくのを確認しながら、大勢の人間を寄せ集めていたのだろう。
戦略的行動なだけに、こちらもシアンを連れてきたかったが、これでは後の祭りだ。
「あっ、ウルスさん! 俺も行きますよ」
さっさと先に行ってしまうウルスさんに声を掛けながら、俺は小走りに彼の後をついて歩く。
「カイトの実力は信用してもいいのか?」
「俺は強いから、安心して大丈夫」
「そういう大口を叩く奴はいたが、ここではその言葉を信用する」
移動は予想以上に時間がかかった事もあり、その最中に色々な話をした。
「そういえば、何でウルスさんはあの時、煙くさかったのかな」
「正義とはかけ離れた、個人的な人助けをしていただけだ」
「個人的な? ……正義とかけ離れたって事は、悪い事したの?」
ウルスは僅かに顔を顰める。
「正義は大衆が掲げる最良の選択だ。俺はそれを認識したうえで、敢えて俺自身の正義を進んだ。それだけだ」
正義の反対はまた別の正義、どこかの博士が言ってそうな言葉だが、ある意味真理なのかもしれなかった。
ただ、その場合はどうするべきなのだろうか。
俺はウルスの例でいえば、大衆の正義を遵守しているはず、そうなると彼は敵になってくるのかもしれない。
「もうそろそろ接触する。戦う準備を整えろ」
俺は狂魂槌を構えるが、ウルスは素手のままに森の外へと出ようとしていた。
第一歩、森の外に出た瞬間、大挙する黒ポンチョの集団に度肝を抜かれてしまう。
「数からして三百くらいか。人質がいなければ楽だったのだが」
「ニオがどこにいるか、わかるかな」
「……数が多すぎて判別できない。本人を知っているならばともかく、それ以外ならば不可能だ」
ならばどうやって戦えばいいのだろうか、と悩みだした途端、ウルスは黒ポンチョの集団へと飛び込んでいった。
「攻撃を開始し、その制止を呼び掛けてくるはずだ。それまでに多くの敵を倒せ」
言われた意味を理解し、俺は槌を構えてからウルスに続く。
火炎の海が突如として生み出されたかと思うと、一瞬で黒ポンチョの二割程が焼き焦がされ、身悶えをしながら地面に倒れた。
それはウルスの能力なのだと判断し、俺は気にせずに狂魂槌の力を発動する。
空気の塊を放つように、凄まじい衝撃波がドミノ倒しのように黒ポンチョの者達を叩き伏せていき、敵の規模を瞬く間に減らしていった。
接触は未だになく、最初からすれば五割程が削れた時点になっても、交渉どころかニオの姿一つすら確認できずにいる。
俺が何の為に戦っているのか、その概念が揺らぎ始めると同時に、蓄積していた疲労が体を蝕みつつあった。
息が上がり、一撃で発する事のできる衝撃波の規模が小さなくなりだした時点で、拡声器でも使ったような声が俺の耳に届く。
『そこまでだ。この娘を殺されたくなければ、抵抗をやめろ』
声の方に目を向けると、そこには両腕を縛られているニオの姿があった。
「ニオっ!」
『おっと、動くな。こちらの命令以外の行動を取れば、この娘はすぐにでも殺す』
黒ポンチョの一人は曲刀をニオの首筋に当て、俺に脅しを行ってくる。
「……俺はどうなってもいい、ニオを解放してくれ」
『安心しろ、お前が死んだら解放してやる』
その場から動かず、周囲を見渡すと、ウルスもまたその場に止まっていた。
一度や二度は悪人かと疑いもしたが、やはり本当の意味で人助けをしていたらしい。
『よし、では掛か――』
声が途絶えたと思うと、ニオに向けられていた曲刀は瞬時に蒸発し、それに続いて黒ポンチョの男も完全に消滅した。
「カイト、今だ!」
ニオの周囲に炎の壁が形成された瞬間、俺は止まっていた足を弾かせ、一秒でも早くニオを助ける為に走る。
向ってくる黒ポンチョを槌で叩いていき、ウルスさんが支援をしてくれた事もあり、俺は一切速度を遅くする事なくニオの前へと到着した。
「ニオ! 助けに来た――」
不意に、ニオの顔面目掛けて銀色の線が延びる。
俺は咄嗟に反応し、狂魂槌を押し当てて攻撃を弾いたが、追撃を行う事が出来なかった。
「やはり、防御の際には反撃は行えないようだな」
聞き覚えのある声を聞き、俺は冷や汗を流した。
「なんでこんなところにいるんだ――ライアスッ!」
←To Be Continued