放浪するベテラン冒険者Ⅳ
さらに歩るくが、待てど暮らせどお医者さんのお父さんは見つからない。
「――で、シアンの部屋で一緒にいたんだよ。そしたらミネアって子に出ていけっていわれちゃってね。それで、昨日宿屋に泊めてもらったんだ」
「おにいさんはなんでお姫様に会えるの? 私もあったことないのにぃ」
エルズは頬を膨らませ、俺に羨望の眼差しを向けてきた。
シアンもミネアも言ってしまえばただの子供なのだが、こうした本物の子供とは少しまた違ってくる。
別にロリコンではないが、やはりこうした幼い子供には保護欲のようなものが書き立てられてしまうのだ。
「こっちに来てからシアンに拾ってもらって、それから世話になっているだけさ」
「一つ質問してもいい?」
唐突にエルズは足を止める。
「ん? いいけど、なに?」
立ち止まり、しばらく黙ったまま固まった。
エルズは一体何を聞こうとしているのだろうか。美味しいスイーツ店の場所などを聞きたいのだろうか、などと俺は考えている。
「あのぅ……おにいちゃんは本当にお医者さんの事知ってるの?」
当たり前と言うべきか、エルズは沈黙を破ってくれた。
「え? うーん……水の国で知っているお医者さんは多いけど」
「あの……私は海月亭の近くにあるお医者さんを探してたの」
どうやら、医者と父親には一切の関係がなかったらしい。
一応注釈を入れておくが、あのおばちゃんの経営している宿屋こそが海月亭なのだ。
言うまでもなく、その店の傍に医者がいたという話は知らない。そもそも、俺は怪我や病気にかからない為に、知り合いこそはいてもどこの病院という事は知らないのだ。
「それは知らないかなぁ……」
俺が言った瞬間、エルズの顔からは血の気が引いていき、絶望に染まっていると映った。
「私はっ――」
「じゃあ、シアンに頼んで医者を呼んでもらえば解決かな?」
「友達が今、すごく苦しんでいるから、早く呼んでね」
「あぁ、少し待ってて……」
俺はシアンに要求する為、城へと向かおうとした。
「おにいさん……通信術式は?」
あからさまに術と思わしき単語を聞いた瞬間、俺は体を震わせてしまう。
「あーごめんね、俺使えないんだ」
「え、その魔力で?」
「俺はどうも、術ってのが良く分からないんだよ」
魔力や通信術式という単語を使った辺り、エルズはわりとそちら側に造詣が深いのかもしれない。
まさか、という僅かな予感ではあったが、この子もシアンやミネアの同類なのではないか。
そんな疑問が渦巻き始めた時、エルズは俺の袖を引っ張った。
「私が繋ぐよ?」
「エルズちゃん、使えるの?」
エルズが頷いた瞬間、俺は尊敬と同時に羨望する。
自分ですら使えない術も、この世界の人間ならば子供でも使えるという事実。
いくら狂魂槌で戦力的不足がないとはいえ、せっかく異世界に来たならば魔法の一つや
二つは使いたくなるのも世の常。
呼吸を整えると、エルズの手元に青色ダイオードのような僅かな青みを含ませた白の光が広がり、《魔導式》の形状に変わっていく。
「すごいなぁ、どうやって使うの?」
「わ、わからないかなぁ」
やはり、理論というよりは感覚なのだろう。そうでなければ、師匠が俺に教えられない理由が分からない。
少しすると、エルズからシアンのイメージを固めるように言われ、そのままにシアンを思い浮かべてみた。
『……どなたですか?』
青白い――かなり白が強いが――《魔導式》からは、シアンの声がはっきりと聞こえてくる。肉声と同等とまではいえないが。携帯電話程度の音質は出ているだろう。
「あっ、俺だよ俺! カイトだよ」
『えっ、カイト? なんでカイトが通信術式を?』
胸を張りたくもなるが、これはエルズのおかげだ。そして、そのエルズは急いでいる。
「単刀直入に言うけど、優秀な医者を寄こしてくれないかな。困っている子がいるんだ」
『困っている子……ですか』
「そう! えっと……何歳?」
通信術式で保留は使えず、俺はそのままでエルズに質問を投げかけた。
「私は六才。友達は十三才です」
「ふむふむ……と、いうわけなんだけど。その友達が危ないらしいんだ」
『分かりました。どこに向かわせればよろしいでしょうか?』
俺は背中を軽く押し、エルズを通信術式の前にだす。
「えっと……冒険者ギルド付属の宿屋まで。医者が必要な者で尋ねれば、たぶん分かると思います」
『かしこまりました。では、出来るだけ早く向っていただきますね』
通信術式が切れると、エルズは飛んで跳ねてと喜んでいた。
やはり、子供とはこうあるべきだろう。別にミネアやシアンに文句があるわけではないのだが。
「おにいさん、ほんっとうにありがと!」
「いやぁ、どういたしまして」
その後、エルズは何度がお辞儀をした後、満面の笑みを浮べてその場を立ち去っていった。




