放浪するベテラン冒険者Ⅲ
「おばちゃんありがとう」
「はいよ。また追い出されたら家にきな」
「うん! って、今度はできるだけ追い出されないようにするよ」
俺は以前手伝いをしていた宿屋から出ると、なんとなく周囲を見渡した。
視線を感じたかと思うと、俺の方を直視してきている女の子が呆然とたままこちらを見続けている。
「ん? 君どうしたの? 迷子?」
藍色とも紫とも言えないような髪をした、それこそ本当の幼女だ。
おそらく小学校の低学年以下と思われるが、親はどこに行ってしまったのだろう。
「えっ、私?」
俺は出来るだけ優しく頷き、僅かに屈みこむ。
「お父さんとお母さんは? 迷子ならお兄ちゃんが探してあげようか?」
ついつい、いつもの癖で人助けをしてしまった。
しかし、これもまた悪くない。迷子の子供となれば、警備隊も相手をしてくれないだろう。
「い、いいわよ!」
まるでミネアのように、その幼女は拒否を示した。
「そんな事言って。ここら辺はならず者がいるから、君みたいな可愛い女の子を一人にするわけにはいかないな」
幼女は一瞬、何か思いだしたように頬を赤くしたが、すぐに目付きを変えてくる。
「いいって! ……いや、おにいさん、案内してほしいところがあるの」
あまりに急激な変化に、俺は驚いてしまった。
俺が言うまでもなく、この幼女はならず者が多い事を知っており、その警戒として敵意を振りまいていたのだろうと納得する。
「俺は池尻海人、カイトって呼んでくれ。君は?」
「私はエルズっていうの」
「よろしくな、エルズちゃん」
俺が手を差し伸べると、エルズは小さな手で握手に応じてくれた。
親の目星は付かないが、一緒に歩いていればその内見つかるだろう。
少し歩くと、エルズちゃんは足を止めた。
「待って、どこに行くの?」
「え? お父さんとお母さんを探すんじゃなかったけ?」
そうとしか考えられなかった為、エルズの反応はなかなかに解せない。
だが、俺が何かを聞き逃していたのだとすれば、エルズちゃんには悪い事をしてしまったかもしれなかった。ここは謝ろう。
頭を下げようとした時、エルズは俺の傍に寄った。
「あの……私はね、この近くにいるっていうお医者さんを探しているんだけど……」
言われなかったというよりは、俺が聞くのを忘れていたらしい。
「そうだったのか! 悪い悪い、じゃあ付いて来て」
しかし、お医者さんが父親とは、俺の世界ならば結構なお嬢様なのだろう。
通りで貴族のように顔立ちが整っているわけだ。
そうして俺はエルズの手を引き、医者のお父さんを探し始める。
エルズは不安なのか、ずっと俯いたままで、黙って俺についてきた。
「なぁ、エルズちゃんはどこから来たんだい?」
「えっ?」
気を紛らわせてやろうとしたが、どうにもエルズちゃん的には不評らしい。
「私はね、アックアからきたの」
「へぇ、じゃあシアンって子は知ってるかい?」
シアンがどの程度有名なのか、俺は興味本位でなんとなく聞いてみた。
仮にも、アックアを守った影の立役者だけに、子供でも知っているだろう。
「フォルティスのお姫様のことぉ?」
「おぉ、良く知ってるね」
俺はエルズの頭を撫で、行く先知れずの人探しを始めた。




