放浪するベテラン冒険者Ⅰ
それからは特に変わった事もなく、数年の時がすぎた。
この世界での暮らしも安定し、比較的普通な生活をエンジョイしている。
元の世界に居るであろう刺客が気になっては居るが、元の世界に戻れない以上、俺がなにを思ってもどうしようもないのだ。
何より、いくらこの世界の人が強いとはいえ、向こうの世界には銃火器などがある。遠からず逮捕されるに違いないだろう。
「シアン、もうそろそろ部屋に戻っていいかな?」
「もう少しだけ、一緒にいてください……」
あれから、少しだけ変わったことがある。
シアンがいつの間にかミネアと喧嘩をしていた事。それ以降、ミネアが水の国を訪れなくなった事。
あれだけ仲のいい二人が喧嘩するなど、昔の俺からすれば思いも寄らなかっただろう。
それが原因か、シアンはこうして俺に甘えてくるようになった。
恩もあり、友達でもあるシアンの頼みと合っては断れず、これも人助けといつも眠るまでつきあっている。
「いつも思うけど、寒くないの?」
「いえ、貴族はみなさんこういう風だと聞きましたよ。健康にいい、とも聞きましたし」
当時は偶然に見ていなかっただけで、シアンは寝る際は裸だった。
裸健康法という物や、中世ファンタジーモノの作品で男性貴族キャラが全裸で寝ている事もあり、さほど異常だとは思わない。
華奢で白い肌。艶やかな青い髪も以前から全く変わっていないように見えた。
「どうしました?」
「いやぁ、シアンってぜんぜん大きくならないなって思ってね。ちゃんと食べてる?」
「体質の問題だと思いますよ」
「そうなんだ」
それにしても、二年以上がすぎて、成長期のシアンがまったく変わらないというのも異常である。
この世界ならば普通かもしれないので、指摘は出来ないが。
「カイト、元の世界に戻れなくて、寂しくありませんか?」
「そりゃ寂しいよ。母さんも父さんも、向こうの友達にも会えないからさ」
友達、という単語でシアンは沈んだ。やはり、ミネアの一件を気にしているらしい。
「それにしても、二年間も行方不明じゃ失踪扱いになってるかもなぁ……帰っても高校にいけないかもなぁ」
半笑い気味に言っているが、比較的重大な問題だ。
シアンに向けた感想とは逆に、俺は着実に成長している。当時撮った写真と見比べると、背も僅かだが伸びているし、顔も少しは変わっていた。
高校三年生か大学一年生相当の姿で元の学年になるとしても、非常に気まずくもある。
日本教育では伝説の存在ともなっている、ダブり生徒となってしまうのだ。
「カイトはずっと、こちらの世界にいてもいいのですよ。あなたを必要とする人が、たくさんいるのですから……えっと、私もその一人ですからね」
頬を紅潮させているシアンだったが、すぐに毛布の中へと潜り込む。
この世界に残り続ける、か。それもまた一つの選択肢かもしれない。
俺はこちらの世界での地位を固め、今や異世界人ではない、カイトという一人の人間に近づいているのだ。
異世界に辿りついたキャラは、形こそは違えど、全員が元の世界に戻っている。だとすれば、俺にも一度や二度は戻る機会が与えられるのではないか。
その時に、俺はこの世界を見捨てられるだろうか。
元の世界に残る、という選択を手に取る事はできるだろうか。
たらればでしかないと分かっていても、俺はこの問題を軽度とは見られず、ベッドに背を持たれかけた。




