神器の力Ⅸ
「俺に何の用なんだ!」
「言う必要がある? 《水の月》は組織の支援者を獄中に送った。それはつまり、組織に逆らったも同然よ」
どうやら、ライアスの弔い合戦を目的としているらしい。悪人同士にも絆があるのかもしれないが、そんな理由で殺されてたまるものか。
だが、俺は狂魂槌を持ち合わせていなかった。
神器がなければ、俺はただの人同然。プロの殺人者達に対抗できるはずなど――いや、俺は《水の月》だ。ポテンシャルでは圧倒的に勝っている。
覚悟を決め、敵対者を確定していく必要があった。ダーインさんの教え通りなら、その方法で俺は同類としての力を発揮できるはず。
倒すべきは組織の人間、守るべきは俺の命。
決意と共に接近を敢行し、素手による物理攻撃を見舞う。
かなり威力は落ちてくると見越していたが、それでも前衛の一人をノックアウトする程度のダメージは叩きだされていた。
「こいつ、狂魂槌がなければただの人間じゃなかったのかい?」
「どうやら、そうじゃないみたいだね」笑いながら言う。
師匠からこの力が俺由来だと聞いていなければ、このような機転は利かせられなかったに違いない。
『《水の月》は戦意に応じて力を発揮するのじゃ。故に、狂魂槌の戦意高揚効果を含めれば、素人でもかなりの戦力を叩きだす、という事だのぉ』
その不足分さえ自分で補えば、それでいい。神器の力も掌握してきたが、それをする以前からウェットリザードやライアスを倒してきているのだ。
「下がっていろ。こいつは俺が倒す」
大男は腰から二本の手斧を取りだし、バーサーカーの如く勢いで俺に襲いかかってくる。
「やらせないっ」
二撃を回避し、回し蹴りを顔面に向って叩き付けた。これならば直撃と同時に意識を奪う事も可能。
ところが、大男は屈みこんで突進を放ってくる。こればかりは予想外であり、距離が近かった事もあり、反射が間に合わなかった。
突進攻撃は重量と筋肉が影響するとはいうが、ここまでの巨体に打ち込まれるとただでは済まない。
闘牛にでも襲われたかのように、俺は壁際にまで追い詰まれ、プレス機かけられているかのように壁へと押し付けられた。
骨が軋み、内臓がぐちゃぐちゃに混ぜられるような感覚を覚え、体から血の気が引いていく。
いままで、真の意味で死を実感した事はなかった。
刹那の切断や戦意の高揚があれば酔いに任せられるが、今の俺はシラフでしかない。そして、痛みも永続的に伝わっているのだ。
息が詰まり、死という結果が迫ってくるような感触が襲いかかり、俺は無意味と分かっても大男に力の籠らない拳を振う。
「カイトさん!」
ニオの声が聞こえたかと思うと、大きな音を立てて狂魂槌が飛んできた。
あまりにも不意な一撃だったらしく、大男は直撃し、拘束が僅かに弱まったのをいい事に蹴りを一発喰らわせて自由を取得する。
地面に落ちた狂魂槌を手に取ると、俺の体の中に力が満ちてきた。
それは勘違いかもしれないが、これで本気を出せる。
「邪魔者が来たみたいだけど、むしろ好都合ね」
気付くと、ニオは黒ポンチョの女に捕まっていた。
一般人である為に、プロと当たれば捕獲されてしまうのも仕方ないが、どうにかしなければならない。
「カイトさん助けてください!」
「分かっているよ。すぐに助けるから」
「何がすぐ助ける、よ! あんたはこの状況を理解していないようね」
言われた瞬間、地面には無数の藍色をした《魔導式》が展開されている事に気付いた。
「この小隊はあたしがボスなのよ。勘違いして見逃していたわね」
「……こりゃ驚いたけど、たぶんどうにかなると思うよ」
勝利のイメージを確定させ、俺は狂魂槌を振う。
刹那、ヘリコプターの着陸寸前のような風の流れが生まれ、それを数倍に高めた衝撃波が地面へと叩きつけられた。
師匠曰く、出せない手のあるじゃんけんは不利らしい。
じゃんけんにおいては強弱がないとはいえ、それは術の使えない俺の状態を指していた。
そこで師匠は、出せない手を出せるように出来ないならば、同じように相手の手を封じてしまえばいいと答える。
俺としても、そっちの方がシンプルで分かりやすかった。
非物質への干渉として、俺の《導力》が生み出した衝撃は相手の《魔導式》を砕き、術の発動を完全に封殺する。
「なッ――」
何の迷いもなく、俺は驚愕している最中の黒ポンチョの女性に槌を叩き付けた。
元々術に特化していたらしく、ただでさえ一撃確定の攻撃だったが、何の反撃もされる事なく決着がつく。
「ね、すぐに終わったでしょ」




