神器の力Ⅵ
修行開始から二週間が過ぎ、毎日の日課のように水を運んできた。
「持ってきました!」
「だいぶ早くなってきたのぉ。じゃが、《導力》は相変わらずじゃな」
師匠曰く、この水運びは《導力》を制御する為のものらしい。
水面に力場を生み出す事が出来れば走れる上、水のロスも減ってくると、目に見える変化があるので分かりやすいのだ。
それを聞かされたのが一週間の時点。俺が物理的に水運びの修行効率を上げてしまった為、半ば呆れられる形で情報開示が行われる事に。
しかし、日本では存在しなかったエネルギーの精製などできるはずもなく、俺は今もなお物理的な手段に頼っていた。
「ミネアが匙を投げた理由も、分からんでもないのぉ」
「師匠も無理ですかね」
「《導力》の存在しない世界の人間に、知らない概念を教える方法など思いつかんのぉ」
そこまで言った後、師匠は椅子から立ち上がり、その手に巻いていた包帯を解く。
すると、侍の籠手を思わせる鉄板重ね型の──蛇腹のような白銀の手甲が姿を現した。
「取得もできない《導力》を学ぶより、こちらの方が楽じゃろ」
「神器の使い方を覚えろ、って事ですか」
師匠は頷き、《魔導式》を展開する。
俺に攻撃してくるかもしれない、と警戒をしてみるが、どうにもそうではなかった。
「《雷ノ八十九番・紫電》」
詠唱と同時に紫色の《魔導式》は強い輝きを放ち、大気に溶けていく。
次の瞬間、激しい紫色の電撃が周囲に撒き散らされ、俺まで麻痺に陥ってしまった。
次の瞬間、激しい紫色の電撃が周囲に撒き散らされ、俺まで麻痺に陥ってしまった。
不意に、これだけ上位の術で傷がない事に気付き、俺は不審に思う。
「これが、ワシの神器《封魂手甲》じゃ。効果は術の無効化――ではなく、術によって発生した事象の消去じゃな」
シアン曰く、術の強さは順列に影響されているらしく、最強の二百五十五番に近づく毎に強力になるのだ。
つまり、師匠が発動したのは中の下くらい。それでも、俺の槌が出せる火力よりはよっぽど上だろう。
「神器を神器として使えなければ、ただの壊れない装備としての価値しかない。カイトは自身の能力で戦闘力を向上させた為に、そのただ頑丈な鈍器ですら有用に使えたわけじゃな」
「じゃあ、俺の神器の能力って何なんですか」
「それは……まぁ良い、ヒントだけじゃよ」
言った瞬間、なんの脈絡もなく師匠は皿を投げ付けてきた。
以前であれば見切れなかったが、数多くの戦いで俺の地力も上がってきている。
タイミングを取り、槌を振った瞬間、見事に空振りして顔面に直撃した。
「いたた……」
「どうせ見切れん、適当に振ってみて当てるんじゃ」
指摘を受け、もう一回、皿がフリスビーのように投擲される。
今度は射程を合わせず、皿に当てるという意識だけを集中させた。
守るべき者は俺、倒すべきは皿。
頭の中で復唱し、狂魂槌を大きく振った。
刹那、激しい空烈音と共に、射程外に存在していた皿が自ら割れる。
「これは……」
「それが狂魂槌の能力じゃよ。力の放出による非物質への干渉――つまりはじゃ、その槌からは衝撃が発せられ、火や雷にすら攻撃を当てる事が可能なんじゃ」
そこまで言われて、俺はようやく納得する。
確かに、ウェットリザードの水の息吹や、師匠の白い雷撃の槍。俺はそれらを既に弾いているのだ。
それもまた、この世界での物理法則とばかり思っていたが、どうやら違うらしい。
「力の放出と言ったのは他でもない、物理的な衝撃波などではなく、出ているのは《導力》なんじゃよ」
「でも俺、精製できませんよ」
「この狂魂槌自体がかなりのお転婆での、使用者が必要と考えるだけで、自動的に体内から力を吸いとってしまうのじゃ」
俺はぞっとするが、師匠は脅しなどではなく事実を告げているらしく、平然とした様子で語った。
「それこそ、使い手が間違えれば狂ったように力を抜かれて、ほい終わり……じゃな」
狂った魂の槌、とはうまく言ったものだ。
当初は戦意向上や高い攻撃力が能力と思っていたが、もっとマジカルな力もあったんだ、と俺は驚いている。驚愕の度合いが強くて顔には出ていないが。
「とりあえずは、狂魂槌を通しての《導力》放出を完全に取得してもらう。それまでは徹夜じゃ」
「はい! よしっ、頑張るぞぉお!」




