神器の力Ⅴ
「事件、とな」
「そう、多くの犠牲者が出た殺人事件……無職になって初めての事件だったけど、悪を嫌う俺としては、絶対に許せなかった」
「あっ、それがこの前の事件と関与しているんですね」
少し前の件を知っているだけに、ニオは口を挟んできたが、人差し指一本立てて彼女の口の前に立てた。
「ライアスはローブで身分を隠し、狂魂槌を持って暴れていた兵士や警備隊の人を殺していたんだ」
「ほう、貴族がなぜそのような事をしていたんじゃろうな。そやつ、知っておったな」
「うん、でもそれはまだ先だから、ここは続けるね」
ヴェルギンは頷き、ニオもそれに同調するように何度も頭を上下する。
「犠牲者は全員が姿を消し、この槌だけが残った。俺としてはこの槌が欲しかった事もあり、こっそりくすねちゃったんだ。いや、ライアスを倒したら返そうと思ってたんだよ」
「それで、どうなったんじゃ」
咳払いをし、雰囲気を調律した。
「犠牲者の無念を晴らす為、殺人を犯したライアスを倒す為、俺はあいつの部屋へと踏み込んだんだ」
「力がないって感じていたのに、したんですか?」
「そうだよ。俺しかできない、そう思っていたから挑んだんだ。そして、狂魂槌の力でライアスを倒した。この時は、あんな事件に発展するとは思わなかったけどね」
そこでニオは気付いてくれたらしく、空になったカップへとお茶を注いでくれた。
一杯呑み、喉が適度に潤った時点で、小休止を終える。
「ライアスは、また現れたんだ。貴族という事もあって、罪は問われても職を追われなかったライアスは、きっと俺を恨んでいたんだと思う」
「それはそうじゃ。貴族からすれば、平民に貶められるなど最上の辱めじゃからな」「……それは、俺も実感しているよ」
顔を見合わせて見ると、ヴェルギンの目は鋭くなっていた。
「ライアスを突き動かしたのは、所謂水の国に渦巻く貴族達の憎悪と遺恨、さらには保身する為の感情。動いたのはライアス一人だったけど、本質的には貴族全員が俺を嫌っていたんだろうね」
「水の国の姫と親しい平民、それも無職ともなれば、恨まれる対象になっても仕方あるまい」
「実は、それだけじゃないんだ」
ここまで言った時点で、ニオは目を輝かせる。
「はい! カイトさんは私の村を救ってくれたんですよ!」
「えっと、ニオが住んでた村っていうのはアランヤって場所なんだけど、そこに大量の《星霊》が現れたんだ」
言い終えた後、咄嗟に過去の自分を思いだし、《星霊》についての注釈を加えた。
「《星霊》って言うのは、この世界を構成するエネルギーが百パーセントを占めている原生生物みたいなものらしいよ」
「そのくらいは知っておるわ。常識じゃよ常識」
俺としては自慢げに語ったつもりなのだが、やはり大抵の人が知っているようだ。
「まぁ、その、それでね。水の国としては利益の少ないアランヤを見捨てる方が楽だと思ったらしくて、水の国は一切関与してくれなかったんだ」
俺は拳を握り、震わせる。「でも、俺はそう思えなかった」
「そういう所が、カイトさんのいいところですよね」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、結局は無茶でしかなかったね。俺一人じゃ、たぶん誰も守れなかった」
「《水の月》とはいえ、多勢に無勢、それも守るべき対象がいるともなれば、圧倒的不利じゃな」
「そこで助けてくれたのが、シアンとミネア。シアンが馬車の用意と作戦の立案をしてくれて、ミネアが他の《星霊》を押さえていてくれたから、俺はボスを倒せたんだ」
あの時以来、俺はできるだけ人を頼る事にした。一人で出来ない事も、皆でやればどうにかなる。
そういう意味でも、ミネアにべったりだったのだが。
「その件とライアスの事件、それで俺の名前は結構有名になったらしく、余計に悪目立ちしちゃってたって、シアンは言ってた」
「元は平凡な異世界人が、このような数奇な運命に惑わされるとは、世の中は分からんものじゃな」
「後悔はしていないよ。助けてもらわなきゃ死んでたんだし」
しばし黙り込んだ後、ヴェルギンは豪快に笑い出した。
「その意気は良し! ミネアが言った通り、修行を付けてやろう」
「その前に――まだ、ここに来た本当の理由を言っていないよ」
伸ばしかけた手を止めたヴェルギンは、再び膝の上に戻す。
「貴族に恨まれているのもあるけど、最大の理由は組織なんだ。悪の組織、イヴィルエンター。ライアスが狂魂槌の事を知ったのも組織、その知識を利用して兵士や警備隊を殺しらしい」
「神器の情報を知る組織、か」
「あとでシアンに聞いたけど、ライアスは最初の事件の時点で、俺を狙っていたらしいんだ」
これはニオにも話していない為、驚きの表情を浮かべていた。
「シアンを手に入れ、自身の地位を向上させる為に、邪魔な俺を消そうとした――そして、俺だけを消しては怪しまれると、城の関係者を狂魂槌で狂わせてから殺したと」
「組織とやらの命令か」
「いや、それは分からないよ。でも、貴族だけじゃなくて組織の追っ手が襲いかかる、とは言っていたよ。だから、シアンを守る為に俺は向こうには居られなかったんだ」
火の国の事は知らなかったが、あそこまで精魂ねじ曲がった王のいる場所よりはましだろう、そう考えていた節はある。
あそこでは城の人間は大抵敵と見た方がいいだろう。
疑いたくもなく、人間の性善説を信じる俺ですら、シアンやニオの命が関わってくるとなると慎重にもなる。
「……分かった。では、改めて言うが――お前を鍛えてやる。一流とまでは言わないにしても、女子一人は守れる程度の力を、ワシが教えてやろう」
「お願いします、ヴェルギンさん」
俺は手を伸ばすと、ヴェルギンは舌を鳴らしながら人差し指だけを振った。
「ワシの事は師匠と呼ぶのじゃ。分かったな、カイト」
「はいっ! 師匠!」




