悪の組織Ⅷ
帰ってきて早々、俺はシアンの部屋へと向かう。
「シアン、例の──」
扉を開けた瞬間、そこにはライアスがいた。
既に眠っているシアンを前に、彼は下卑た笑いを浮かべて、制止している。
「何をやっているんだ!」
「またお前か。平民風情が私に何の用だ」
恰も何もしていないような顔で、ライアスは俺の傍へと寄ってきた。得物は確認できず、鎧も今は纏っていないように見える。
ただそれは、こっちも同じだ。
鎧はもとより、狂魂槌も部屋に置いたまま、ここで戦ったとして勝てる見込みはないだろう。
「また、はこっちの台詞だよ。今度は何の目的で動いているんだ」
「さて、何の事やら」
「とぼけても無駄だと分からないかな。不審者の出没で被害にあっている人は、俺以外にいなかった」
不審者の一件はニオを通じ、シアンが兵士や警備隊に周知したという。このライアスがそれを知っていない事を分かった上で、探りを入れてみた。
「そんな者が出ていたのか。通りで城の警備が増えているわけだ」
一切焦りなど見せず、ライアスはシアンのベッドに腰を下ろす。
「どうしてシアンの部屋にいるんだ!」
「姫さまとお話しをしていただけだ。最近はお疲れのようで、こうして話している最中に眠ってしまうが――寝顔もまた、美しいとは思わないか?」
俺は考えなしに接近すると、ライアスの顔面目掛けて拳を放った。
その一撃は何の意味もなさず、ライアスに手首を掴まれた時点で終了する。感情に任せて動いてしまうのは自覚しているが、今は抑えが利かなかった。
「私は貴族だ。騎士称号では不足かもしれんが、それでも騎士でも上位の立場……姫様と話す程度ならば、不足はないはずだが?」
「そういう問題じゃない! お前はシアンに、何かひどい事をしようとしてたんだ!」
鼻で笑った後、ライアスは眠っているシアンの顔を覗き込む。それこそ、キスをしようとしているのではないか、と思う程に近づいていた。
「そんな証拠があるとでも? また前のように事実無根を述べられても困るのだが」
「このクッキーに覚えはあるよね?」
ライアスはこちらに顔を向け、俺が持っているクッキーを凝視している。
「それは私が姫様に贈ったクッキーだ」
「それも連日贈っているよね? 俺が謎の不審者に襲われた日から」
「何が言いたい」
「お前はシアンに悪い事をする為に、俺を消そうとした……そして、シアンに抵抗されないように、このクッキーに睡眠薬か何かを混ぜ込んだ――違わないよね」
一切表情を変えないライアスを見て、俺は言葉を止めた。
すると、慌ただしい足音を立て、ニオが部屋に飛び込んでくる。
「カイトさん、ミネア様を呼んできましたよ」
その手にクッキーの箱を抱え、随分と疲れた様子のニオが現れた。これにはライアスも驚いたらしく、すぐに顔を顰めてくる。
「メイドを姫様の部屋に入れるなど、何のつもりだ」
「まぁいいじゃないか。ニオ、こっちに来てくれないかな」
「はいはい」
早口気味に言い、俺の傍に来たニオの口に、証拠品のクッキーを突っ込んだ。
すると、疲れが回っていた事も影響していたのか、ニオは急に倒れて寝息をかきだす。
「ほら、これで証拠になったでしょ?」
「……それはこの菓子元々の効果だ。少量の酒が隠し味に入っているらしく、弱い者ならば倒れてしまうだろうな」
それを聞いた上で、俺はニオが抱えてきたクッキーの箱を開け、一枚をライアスに投げてから俺も一枚を取る。
「じゃ、実際に食べて確認してみようか。大の大人と高校生、ここまで種差が出れば結果も出るよね」
「……貴様が毒を盛ったという可能性は?」
「ないよ。ほら、この通り」
わざと小さく齧り、牽制しているように見えた。
「外にはミネアが待機している。お前が怪しい態度を見せたら、その時はすぐに呼べるって事を忘れないでほしいね。じゃ、いっせーので食べよう」
ライアスは頷かず、黙ったままだが、俺は動く。
「いっせーの」
一口でクッキーを食したが、ライアスは依然として固まったままだった。
「睡眠薬入りの奴を、食べたいとは思わないよね」
俺は言い、もう一枚のクッキーを取りだして、表面を指先でつつく。
「これ、ニオに贈ったクッキーだったんだ。だから、睡眠薬なんて入っていない……それでも敬遠したのは、入れたって自覚があったからだよね」
本来はカラー砂糖などで文字を入れるらしいが、俺は刻印型を選択しただけに、触っただけでは判断できなかったのだろう。
「証拠はこれで十分だよね? 後少しでミネアが来るから、それまで待っていようか」
ニオに頼んだのは、ミネアの呼び出し。ただ、これに関してはニオが早めに到着するように要求していたので、移動の際にラグが出る。
ライアスの様子を確認した上で、今度はミネアという力を持ってくる事が出来るのだ。相手に逃げる隙など与えない。




