悪の組織Ⅵ
「それで、お城が贔屓にしている店を回りたいわけですね」
「まぁね。ちょっとした好奇心なんだけど」
これは事件とは全く関係ない問題。むしろ、あれで終息したと数割は思っている以上、気を張っている方がおかしくもある。
王族顧客の店ともなれば、多少レアな食材をもあるかもしれない。城から受注されていないだけで、高級食品としての何かがあるかもしれない。
そんな多数のかもしれない論理を鉾に、俺はニオを連れてきた。
「とりあえず、喫茶店で一服していきませんか?」
「まだ出発したばかりだけど」
「いいじゃないですか! ほらほら、先に行っちゃいますよ!」
メイドの仕事で疲れているのだろうか。ならば仕方がない。
喫茶店に入った俺は日本のそれと同じように、テーブル席に着いた。
「……おっ、これが呼び鈴ね」
さすがにスイッチ式の奴があるはずもなく、机に設置されていたベルを鳴らす。
「いらっしゃいませ」
「ニオからいいよ」
俺はメニューを眺めながらニオに振った。
「私はアイスティーで」
「じゃあ俺は……このアメリカンコーヒーで。砂糖とミルク付けておいてね」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイトレスがその場を離れた時点で、俺は一つの事に気付く。
「……これって何って書いてある?」
「アメリカンコーヒーですね。カイトさん読めてなかったんですか?」
それとはまったくの逆。どうして俺は習った事もないこの世界の言語、さらに言えば文字まで判断できるのだろうか。
その疑問は幾度として抱いていたが、今回はその比ではない。
アメリカンコーヒーはあっちの世界の言葉であり、こちらの世界にアメリカはないはずだ。
そこで改めてメニューを一瞥すると、日本に存在したメニューが幾つか存在していた。
「もしかして翻訳機能でも掛かっているのかな……なら携帯とかが伝わらないのは」
「どうしたんですか?」
「いや、俺が異世界から来たって事は話したよね」
「はい。コウコーという施設に通っていたんですよね」
俺専属のお手伝いという事もあり、ニオにはかなりの事を話している。その為、日本の事も多少なれども把握しているのだ。
「そうだよ。でも、こっちに高校はないよね」
「そうですね。聞いた事のない単語ですし」
「キリマンジャロは?」
「コーヒーはあまり飲みませんけど、知ってますよ」
つまりはこういう事。おそらくは同一の物の場合は代入が働き、そうではない時は意味が理解されないのだろう。
「それはそうとカイトさん、今日の予定は──」
それから小一時間程話し、本日の計画を決定した。
店を回りつつ、個人的な買い物をしていき、申し訳程度に聞き込みをしていくという流れ。俺としても、買いたい物はあるので、これに対して否定の意を示す事はなかった。
店を出た途端、再びあの時のおばさんと出会う。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「最近どうかな? 俺の方も不審者を捜しているんだけど」
おばさんはしきりに目を離そうとしている。もしかして、忙しかったのだろうか。
「いえ、私も最近見ませんねぇ。どこかにいったんじゃないんですかね」
「そうか。一応もう少し粘ってみるけど……あっ、捕まえたらちゃんと教えてあげるからね」
「あはは……お願いします」
軽い話だけで終わり、おばさんと別れようとした時、ニオはおばさんの手を掴んだ。
「あなた、嘘ついていますね!」
「何言っているんだよニオ。この人は俺に頼んできた人で――」
「本当の事を言ってください! あなたに依頼された日にカイトさんは襲われたんですよ!」
俺がおばさんの顔を見てみると、あからさまに狼狽している。何か隠していた事があったのだろうか。
「すみません……貴族様に頼まれて」
「なっ、なんだってぇ!」
俺はこのおばさんが俺を騙していた事に驚いていた。
まさか、誰かに依頼されて俺を嵌めようとしていたなど、予想できるはずもない。それにしても、ニオはなぜ分かったのだろうか。
「それで、いくらもらったんです!」
「金貨二百枚です……」
「ニオ、そこじゃないよ。……誰に頼まれたんだい?」
目線があった瞬間、おばさんは頭を下げながら、許しを懇願してくる。
「言ってくれれば何もしないからさ」
「……王宮騎士のライアス様です」




