悪の組織Ⅰ
「カイトさん、起きてください!」
口調こそ似ているが、気合いの入り方や自信の違いでシアンではないと気付く。
「ふぁあ……もう朝?」
「もう昼ですよ! あと、もうお昼御飯も用意しました!」
「おっ、気が利くね」
前日は色々と忙しかった事もあり、昼まで寝かしてもらえてよかった。
王宮料理と比べれば素朴な味だが、決して悪くない。
しかし、この世界に来てからは刺激物を取っていないのだ。ポテチやカップラーメンの一個や二個を食べたい。
今はそれ以上に、米が食べたかった。
こっちの世界には流通していないのか、それらしいものを見た事は一度もない。当然だが、麦飯のような物も出回っていないのだ。
「美味しいですかぁ?」
「美味しいよ。でもさ、お米とかないかな」
「お米……ですか? 火の国では保存食として伝わっていますが、お城済みの人が食べる物ではないと思いますね」
どうにも存在自体はするらしい。ただ、こんな水気の多い水の国の方が、米は向いているのではないかなどと思ってしまった。
そこでようやく、俺は火の国を知らない事に気付く。
「火の国ってどんなところか知ってる?」
「だだっ広い砂漠地帯ですよ! それもすっごく熱くて、優秀な冒険者しか入れないって話ですね」
そんなところのお姫様ならば、あれほどまでに強くてもどこかで納得できてしまう。
「それはそうとカイトさん! 手紙が来てますよ、手紙!」
「ん……誰からだろ」
この世界に友人や知り合いのいない俺からすると、誰が送りつけてきたのかが疑問だった。
そもそも、ここは俺の所在地になっているのだろうか。手紙が送られてくる可能性を考慮していなかっただけに、妙に気になる。
『本日の夕刻、酒場にてお待ちしております』
宛先も送った日時も書いていなかった。手紙には今読んだ分の事だけが書かれており、それ以外はなにもない。
「この手紙は誰から?」
「兵士さんからもらいました。兵士さんは町の人にもらったって言っていましたけど」
「そうだなぁ……じゃあ、俺は酒場行ってくるよ。もし何かあったら、ミネアかシアンに言っておいてくれ」
何かがあったら、とは夜までに帰ってこなかったらである。比較的察しが良く、木の回るニオならば理解してくれるだろう。
「カイトさん、行ってらっしゃいませ!」
ニオに見送られて部屋を出た俺は、さっそく酒場へと向かった。
俺は城下町中を歩き回っていただけに、どこに酒場があるのかを完全に把握している。ついでに言うと、酒場は一軒以外に存在しない事を理解の上だ。
冒険者の溜まり場でもある酒場、シアンによるとフォルティスには本部がある為に、ここへと回ってくる依頼は平民達が出している物が大半らしい。つまり、報酬が少ないのだ。
未成年である事もあり、入る事は憚られたが、呼ばれていると言う事だけを武器に扉を開け放つ。
酒臭さに鼻をつまみたくなるが、マスターと思わしき男性に声を掛けた。
「ここ未成年も入って大丈夫かな」
「構いませんよ。お好きな席にお掛けください」
「あの、待ち人がいるんだけど……」
そう言いながら店内を見渡すが、人数が多すぎてどの人が該当する人物なのかが分からない。
「赤い旗が乗せられているテーブルが待ち人アリのお客様ですよ」
そう言われてみると、四席くらいにチャーハンの上に刺さってそうな小さな赤旗が立っていた。
「ありがとう」
三席の人に話しかけた時点で、誰が俺の待ち人なのかが明らかになる。結局、最後まで当たらなかっただけなのだが。
あのような手紙を出した割に、そこにいた客は普通だった。城下町を歩いていそうな小市民、といった感じだろう。
「俺がカイトだけど」
「あっ、あなたがカイト様ですか」
フードを脱いだ時点で、その人が思った通り女性なのだと認識する。
中年の、世間話が好きそうなおばちゃんという第一印象そのままに、その女性は人懐っこく話しかけてきた。
「あの連続殺人犯捕縛の武勇伝は聞かせてもらっていますよ」
「えっ、あっそうかな……まぁ、それ程でもないけどね」
ついつい謙遜してしまったが、今考えるとあれは完全な偶然の勝ちだったのだろう。同じ条件で二度やっていたら、間違いなく負けていた。
「それでですね、最近出没する不審者を退治してもらいたいんですよ。いや、カイト様程の人に頼むのは気が引けるのですが、冒険者様方はどーうにも受けてくださらないので」
イメージのままな大声のせいで、周囲で呑んでいる冒険者と思わしき人達の目線が一気に集まってくる。
「どうでしょう、受けてもらえませんかね」
俺は大きく息を吸い、目を見開いた。
「はい! 俺でよければ任せてください!」
「本当ですか! いやぁ、さすがはカイト様。では明日の夜、ケーキ屋横の裏路地でお待ちしておりますね」
「わっかりました! 安心してくださいね、俺がばっちり懲らしめてやりますから」
そうしていつものように、気楽な気持ちで人助けのスケジュールが入った。
時間はあるので、明日までは軽く修行でも入れておくベきだろうか。この狂魂槌と《水の月》の力があれば、大抵の事件はどうにかなりそうではあるが。
笑顔で頭を下げる女性と酒場前で別れ、俺は空を見る。
まだ夜は遠いが、早めに帰らないとニオが心配してしまうかもしれないのだ。そうなってミネアへ救援申請が出されれば、いつも通りに大目玉をくらってしまう。
マーケットに寄る事もせず、俺は真っすぐに城へと戻っていった。




