狂魂槌を持ちし者Ⅸ
到着から二時間程が経過し、うっすらと朝日が昇りつつあった。
シアン主導の元に避難活動が円滑に進み、ミネアが間逆の方向で大暴れしてくれているか、《星霊》が現れる気配はない。
聞き、見ていたはずだが、ミネアの戦闘は明らかに異常だった。
遠目から見ても分かる程に巨大な火球が放たれ、火柱が上がり、大地がおぞましい速度で炎上している。それこそ、自然災害を小さな身に閉じ込めたような感じだ。
俺が瞬きをした瞬間、空に巨大な噴煙が上がる。炎系というだけあり、煙幕のような術も使えるのだろう。
シアンの考案した作戦によると、ミネアが《星霊》の全てを一手に引き受け、その駆除に全身全霊を尽くしている間、俺は最後尾に現れるであろう統率者を討つという流れだ。
この場で上げられた煙幕は、その統率者の出現を告げるものである。
魔力察知能力に乏しい俺の為、ミネアが察知した瞬間に視覚情報で分かる指示を送るという手筈になっていた。
狂魂槌を構えて湖畔の傍を除き込むと、像を彷彿させるサイズの巨大ウェットリザードが目に入る。
ただ、最も問題なのはその大きさなどではなく、額部分に一人の女の子がいた事だった。
触手状の物で縛りつけられているだけに、すぐには落ちないだろう。気絶をしている事もあり、早めに決着を付ければ問題ないはずだ。
その場に残っていた《星霊》達が去っていくのを確認し、俺は巨大ウェットリザードの前に躍り出る。
「その子を離せ!」
問い掛けてみるが、激昂するだけでこちらの言葉を理解している様子はない。
彼らには彼らなりの都合があるかもしれないが、ここは倒す他になかった。
接近しながら、俺は一つの事を思い出す。ダーインの言葉だ。
覚悟と決意、倒したい敵と救いたい者の決定。俺にとって、その全てがある意味、希薄で曖昧だった。
しかし、今ならば違う。この巨大ウェットリザードを倒し、あの子を助けたい。
槌による一撃を放った途端、前回とは異なり、確かな感触があった。
大型トラックに轢かれたように、ウェットリザードの巨躯は宙を舞い、激しい地響きと共に地面に叩きつけられる。
予想しない威力に、捕まっている女の子の心配をするが、あの柔らかい体がクッションになったらしく問題はなさそうだ。
モンスター狩猟ゲームと同じように、狂魂槌の強烈な一撃を受けた巨大ウェットリザードは軽度昏倒している。このまま追撃で畳みかければ、俺の勝ちだ。
足取りは軽く、これほどまでの大きな槌を持っているにもかかわらず、まるで長剣一つを持っている程度にしか感じない。
意識を取り戻したらしく、巨大ウェットリザードは口から水の息吹を放ってくる。
水圧カッターや滝などを思い起こさせる、その凄まじい衝撃に対して、俺は迷いなく攻撃手段を選択した。
液体であるはずのそれに、俺は狂魂槌を叩き当てる。それでどうにかなる、それを直感で察したのだ。
次の瞬間、空気を打つような途轍もない衝突音が発せされ、水の息吹は飛沫へと変わっていく。
本能的な恐怖を抱いたらしく、巨大ウェットリザードは驚きの表情を浮かべた。
「悪いね、もう悪い事はするんじゃないよ!」
杭を打ち込むように、顔面を叩き付けると、巨大ウェットリザードは倒れる。
魔力は理解しきれないが、生命活動が続いている程度は俺にも分かった。
この場に至っても、俺はこいつを殺したいとは思わなかった。人間的に言えば悪い事をしたが、このイモリ達にはイモリ達なりの理由があったに違いない。
それを悔い改めてくれれば、俺はそれで構わなかった。もしまた悪い事を仕出かした時は、また現れて成敗する。止めるまで何度でも付き合うつもりだ。
触手が解け、落ちてきた女の子を受け止めると、俺は村へと戻っていく。




