狂魂槌を持ちし者Ⅷ
八時間が経とうとしている頃、ようやく目的地であるアランヤが目に映った。大きな湖畔の傍というだけあり、豊かな村のように見える。
だが、シアンの前言通り、水こそは豊かであるが緑はさほど見られなかった。
村の近くに到着した馬車はゆっくりと停止する。
よく八時間も運転し続けられたものだ、などと御者に対して敬意を抱きつつ、外に出た。
礼を後回しにし、俺は早速アランヤの中へと入っていく。
襲撃の予見が出た時点で大抵の人が逃げているはずだが、もしも誰か残っていれば話を聞きたいと思っていた。
村に入ってすぐに、俺は驚愕する。
誰かが残っているどころか、どうみてもその村の全員がいるのと思える程の人数が、村の中心部に集まっていた。
「なんでみんな残っているの? この村は危ないから逃げた方がいいよ」
開幕早々に提言を入れるが、村人達は全員が全員、渋い顔をしている。
「旅人さんかね。忠告有り難いが、わしらは分かっておるよ」
「ならどうして」
「わしらはこの村が好きでの。最後までここで守り抜くつもりじゃて」
村人達はフォルティスから救援が来ないと見越していた。それは言葉や仕草から、ある程度は予想できる。
その上で、この場に残って村を守ろうとしている。
生まれ故郷も育ち故郷も同じだった俺からすれば、そこまで固執する気持ちは分からない。
でも、元の世界に対して覚える哀愁を考えると、少なからずは同調できる気にもなってきた。
「俺が……いや、俺達がこの村を守るから」
「い、今何と」
「あたし達が助けてあげるって言ってるのよ」
ミネアは俺の一歩前に出ると、村長らしき老人を指さす。
「フォルティスからの救援よ。一応さくっと解決する予定だけど、無駄に被害が出るかもしれないから逃げておきなさい」
地味にフォルティスの名を出している辺り、ミネアも水の国――ひいてはシアンの事を考えている事が分かった。むしろ、今まででも十分理解できていたが。
「お言葉じゃが、たった三人では――」
「この子は水の巫女、私は火の巫女。こいつは――まぁ、精鋭の一人よ」
「ミネアも俺を認めてくれたんだね」
突如として、俺の足は踏まれた。
「こう言わないと不安になるに決まっているわ」ミネアは耳打ちで言う。
「まさか、こんな何もない村に姫様方がきてくださるとは……有り難いばかりですじゃ」
何度も頭を下げる老人を煩わしく思ったらしく、ミネアは虫を払うような仕草をした。
「それよりも、相手の状況を教えてもらえないかしら。村の人はこれで全部? 《星霊》の数はどれくらい?」
一気に聞いたせいか、ミネアの質問に対して答えは出てこない。老人の処理能力を上回ってしまったのだろうか。
すると、シアンが前に出てくる。
「村の人は全員集まっていますか?」
「は、はい――いえ、ニオという、この村の娘がきておりませんじゃ」
シアンとミネアは顔を合わせた後、俺の耳を寄せるように促してきた。
「行方不明の子はミネアちゃんにお願いするので、カイトさんはこの人達の護衛を続けてください」
「ミネアは人を守りながら戦えるかな? 相手は多いから、難しいと思うんだけど」
「むしろ、心配なのはあんたの方よ。あたしが取り逃す事はないだろうけど、もし奇襲で来られたらおしまいよ」
一度敗北している以上、そう考えられても仕方がない。
「では、これで行きますね」
「……うん」
そうしてシアンは再び老人に問い掛けた。
「《星霊》がどれくらい居たか、見た人はいませんか?」
老人は知らなかったらしく、長い沈黙が訪れるが、その中で一人が手を挙げる。
「湖畔の中からたくさんの影が見えました。数は数えていませんが、この村の反対方向のほとんどが黒くなっていたので、数百体はいるかと……」
俺は驚き、それを顔に表してしまった。気付いたからには、直しておかなければならない。
咄嗟に表情を戻し、シアンとミネアの方を見てみると、二人も驚かないにしても苦虫を噛み潰したような顔色になっていた。
「少し……厳しいかしら」
「湖畔付近を全て破壊すれば、どうにかなると思いますが……それだと、この村は持ちませんし」
二人には状況が見えているらしいが、俺にはどうにも分からない。平和な日本では数百人どころか数人の人間が戦う事すらないのだ。
不意に、俺は一つの事を思いつく。
「ねぇ、ミネアは何体までならいける?」
「被害を出さないってレベルなら……二百体が限度かしら。でも、話の内容から四百以上は確定ね」
「それって、《星霊》を指揮している奴を倒すのを含めているんだよね?」
遠まわしな言い方だったのか、ミネアは目を細めた。
「何が言いたいのよ」
「……その《星霊》のボス、俺に任せてくれないかな」




