狂魂槌を持ちし者Ⅵ
「選ばれし人間……?」
「そうだ。姫様に君の事を聞いた時は驚いたが、その《狂魂槌》を持って平静を保っているからには、本当なのだろう」
どうにも、この人は俺について何かを知っているらしい。正確には、俺の能力についてか。
「水の国の貴族……ですか?」
「私は光の国の貴族だ。シアン姫を通じ、我が国の姫様から直々に嘆願が来たのだ、それを無碍にできるはずもない」
やはりと言うべきか、この国以外にも多くの国があるようだ。それにしても、携帯電話のないこの時代で、どうやってやり取りをしたのだろうか。手紙、とは考えづらいが。
「僕は池尻海人です。この世界ではカイトって呼ばれてます」
「おお、そうか自己紹介が遅れていたな。私はダーイン、同じ世代の同類からは《杯のダーイン》と呼ばれている。持っている《神器》はその名の通り、この《禁魂杯》だ」
黄金製のワイングラス、その中心には眼球のようなものがついている。
「なんか怖いグラスですね」
「はは、君は何の遠慮もせずに言うな」
その一言で、ライアスとの一件を思い出した。あの時はミネアが謝罪してくれた事でどうにかなかったが、もしあのままだったら正当な理由で殺されていたに違いない。
「すみません!」
「構わない。私とて、この場には貴族としては訪れていない。安心したまえ、君と同じ同類として――まぁ、遠慮がしたいと言うのであれば、先輩として扱ってくれればそれでよい」
「はい! それはそうと、その同類っていうのは何ですか?」
ダーインは顎髭を撫でるような仕草をするが、そのような髭は存在していない。
「《選ばれし三柱》の事だ。他の世代は知らないが、少なくとも私の世代では同類、という呼び方で通している」
「トリニティ、って事はあと一人居るんですか?」
ダーインは首を横に振った。
「これは三位一体の言。私が《光の月》であるように、《太陽》と《星》の同類も存在している。各々に各属性、七人の同類いる……程度に覚えていればよい」
「ちなみに、俺は何なんですか?」
かなり無茶な質問だったかもしれない。言った後にそれに気付いてしまった。
「《狂魂槌》のホルダーは《水の月》と決まっている」
どうにも事情通らしく、俺の正体を軽く看破してくれた。というよりも、俺が知らなかったので、看破というよりは教えてもらったというべきだろう。
「選ばれた人間っていうなら、やっぱり能力とかあるんですよね!」
「能力、か。少なくとも、この神器が我らの能力だろう」
「そういえば神器って何ですか?」
先程から出ていたが、今更になって気になりだした。会話の内容からして杯や槌である事は間違いないのだが。
「知らないのか。しかし、ならばどうしてそれを手に入れられた」
「いや、その……武器屋で金貨三十五枚でして――それが色々あって俺の手に回ってきたんですよ。ほとんどパクったみたいなものですけど」
「神器はホルダーの元へと向かうというが、そのような出会いもあるのか」
これまた今更ではあるが、とても微妙な出会い方だ。購入できていれば、
愛着の一つや二つは沸きそうな所ではある。
「さて、では質問に答えよう。君も、私も持つこの道具こそが《二十二片の神器》。同類が守護すべき、秘宝級の秘宝だ」
「二十二片って事は、あと二十個あるってことですよね」
「そうだ。この一つの神器には、世界を二十二分割した力が内包されている。一つですら多くの災禍を生み出しかねない力だ」
それを聞いて、再びライアスの一件を思い出した。
あれは俺が半ば強引に踏み込み、早期に事件を解決したから済んだものの、あのまま長引いていれば多くの人が犠牲になっていたに違いない。
それどころか、強い使い手がこの狂魂槌を手に入れた事を考えれば、その恐怖は明確な者へと変わっていくのだ。
だが、冷静に考えてみると妙だ。俺が解決した事件などではなく、ダーインさんの言葉には奇妙な誤差が生まれている。
「二十二の神器を、二十一人でどうやって守護するんですか? あと一つは一体――」
「それはこの場で言う事ではない。いずれ君が成長した時にでも、再び聞かせようではないか」
そう言うと、ダーインさんは立ち上がり、俺に背を向けた。
「では少年……カイト君、再び会う事を期待している」
「はいっ! 次会った時は、もっと強くなっていますよ!」
ダーインさんと別れた俺は、さっそく城へと戻る。
今から自室にこもって、この世界でやりたい事をまとめてみると決めた。誰を倒したいか、誰を守りたいか、それを考えるのに多くの時間はいらないはず。
意気揚々としていた僕の目の前に、憔悴した様子のシアンが現れた。廊下で出くわすなど、そうそうある事ではない。
「ん? シアン、どうしたの?」
「はぁ……はぁ……カイトさん、大変です!」
俺は妙な胸騒ぎを感じながらも、シアンの言葉に耳を傾けた。




