狂魂槌を持ちし者Ⅲ
「やっぱ駄目ね」
「いや、あと一回! それで感覚掴めるから」
「駄目よ、あたしがどれだけ付き合ってあげたと思っているの?」
かれこれ七時間程修行をしている。その間、俺が術を成功させた事は、一度としてなかった。
そもそも、術の概念が良く分からなかったのだから、こうして成功しないのも当たり前とも言える。
――丁度六時間ほど前の事。
「えっと、何から説明すればいいのよ」
「あの魔法みたいな奴から教えてほしい」
「分かったわ。あれは《導術》って言うのよ、今の時代では主流だから、術
の略称が使われているわね」
魔法、という言い方で通じたらしいが、どうにもこの世界だと術の種類が幾つかあるらしい。
「で、その術ってのはどう使うの?」
「……最後まで聞きなさいよ。まず、《導術》の由来にもなった《導力》を発生させるわ」
ミネアが目を閉じた瞬間、突如として強烈な威圧感が彼女の身から放たれた。
「これが《魔力》よ。《導力》を精製する際に発生する――水に火を掛けた
ら出てくる水蒸気みたいなものよ」
それでなんとなくは分かる。ミネアらしからぬ、非常に丁寧で分かりやすい説明だ。
《導力》がどのような力なのかは分かりかねるが、魔力というものはその
精製の副産物なのだろう。ここまではしっかり分かった。
「見えないと思うけど、今あたしの中には《導力》が蓄積されているわ。それを放出し、形成したのがこの《魔導式》よ」
その言葉に続くように、空中には赤い魔法陣――この世界の文字らしくもの──が刻まれていく。どうやら、これがあの犯人も使った技術で間違いな
いようだ。
「術を起動させるにはこれが必要だから、とりあえず覚えておきなさい」
「分かった!」
「その前に術を使って見せるわね」
俺も楽しみにしていただけに、黙り込む。
「《火ノ六十番・火柱》」
妙にエコーが掛かったような声で術名が唱えられ、逆行する巨大な滝を彷彿させるような、巨大な火柱が昇った。
キャンプファイアーくらいの大きさといえば分かりやすそうだが、この勢いや高さはその比ではない。まさにイメージの中の魔法そのものだ。
「はい、じゃあとりあえず《導力》の精製からやってみて――」
――七時間後。
「はぁああああああああ!」
改めてやってみるが、全然力が湧き出してくる感じはしなかった。
「諦めたら? あんたには才能がないわ」
「いや、諦めない! ミネアに頼んで、こんなに付き合ってもらったん
だ……絶対に成功させる!」
ミネアは寝むそうに欠伸し、「じゃ、あたしは帰るから。適当に頃合いみ
てから勝手にやめなさい」と言って帰っていく。
しかし、俺の言葉に二言はなかった。ここで《導力》くらい出せるようにならなければ、ミネアの面目を潰してしまい、シアンに合わせる顔もない。
なにより、俺は諦める事が大嫌いなのだ。
それから俺は、十二時間程修行を続けた。
全然進まない現状に苛立ちながらも、自分に負けたくないという一心で、見えもしない力の精製を行い続ける。
気付くと、俺は地面に倒れていた。腕時計の時間がそれから四時間進んでいた事から、うっかり眠ってしまったのだと気付く。
起きてからは早速修行に戻り、またもや十数時間ひたすらに続けた。
強烈な乾きを覚えた時には近くの湖畔から水を啜り、空腹になったら道草や野生の果実などを食べるなどして繋ぎとする。
そんな、自分からしてもストイックな生活が三日続いた時点で、ミネアが現れた。
「いつまでやっても無駄よ。自慢じゃないけど、術に関していえば、あたしに続く者はそんなに多くない――そのあたしが駄目って言っている意味、分かるわよね?」
「分かっているよ……その無理を越えてこそ男ってことだよね」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたミネアだったが、突如として笑みを浮かべる。
「あんた……本気で言っているの?」
「うん、当たり前だよ!」
強く押し出されたかと思うと、俺の体は地面に叩きつけられた。
「面白いじゃない。そこまで覚悟があるっていうなら、あたしも付き合ってあげるわ……三日も頑張っていたみたいだし」
最後の方はよく聞き取れなかったが、少なくともミネアが手伝ってくれるならば百人力、とまでは言わないにしても有り難い。




