狂魂槌を持ちし者Ⅱ
外に出てから二時間程走り回った時点で、突如として冷静になる。
「俺、何でこんなことしてんだろ」
しかし、どうにも気になっていたのだが、こんなにも重いはずの大槌を背負って走り、どうして俺は疲れていないのだろうか。
当時は帰宅部員であり、朝に軽いランニングをする程度の、所謂一般平均かそれの少し上程度の体力しか持ち得なかったはずだ。
冷静になってすぐに、俺は城へと戻っていく。いくら自分が選ばれし者だと分かっても、それで現状が変わるわけではないのだ。
特殊な力に目覚めた実感もなければ、元の世界に戻れる手段を獲得したわけでもない。それこそ認識的には一進一退、動いているのか戻っているのかも理解できないような状況。
「あっ、ミネア」
「何よ……またシアンのところ行くつもり?」
いつも通り出会いがしらは不機嫌気味だ。
ただ、これでもライアスに冤罪を吹っ掛けられた際には、頭を下げて謝ってくれている。
「ねぇ、ミネアっていい子なんだよね?」
「いきなり何なのよ」
「だって、この前も俺の為に頭を下げてくれたじゃんか」
「はぁ? あれはシアンちゃんに頼まれたから、それだけ」
「実は俺の事を心配してくれていたり?」
そこまで言った時点で、一発の火球が放たれ、着弾部分の絨毯が一瞬で灰になった。
「なに? もう一回言いなさい」
「えっと、だから俺は、ミネアって実は面倒見の良い子なんだなぁ、って――」
今度は俺の真横を掠め、蝋燭の炎を当てられたように耳たぶが火傷を起こす。
「あっち! そこまで怒る事ないでしょ。俺はミネアを見直しただけで」
「だ・か・ら! 本当にシアンちゃんの為にやったのに、あんたがからかうから苛立っているのよ!」
改めてミネアの様子を見るが、どうもそれが嘘のようには見えなかった。
「本当?」
「ええ、あたしはシアンちゃん以外の頼みは聞かないわ」
「……あっ、そうだ。じゃあさ、俺の術教えてくれよ」
「どうして、あたしに言うのかしら」
ミネアは呆れたような顔をし、妙に優しげな声色で聞いてくる。
「いや、ミネアの術はすごいなって思ったからだよ。俺もせっかくこの世界に来て、選ばれし者になったんだから、魔法の一つでも――」
「あたしは、シアンちゃん以外の頼みは聞かないって、今、まさに今言ったわよね?」
「あっ、そうだっけ。じゃあ……今回だけでいいからさ」
「駄目に決まってるでしょ!」
と、ミネアと挨拶を交わし、二人でシアンの部屋に訪れた。
「あっ、カイトさんとミネアちゃんが一緒に来るなんて珍しいですね」
「城の入り口で会ってさ、軽い挨拶をしたくらいだよ」
「何が挨拶よ、あんたはそうやって人をからかうのが好きなのかしら?」
俺とは対照的に、ミネアはかなり怒り心頭の様子。何か嫌な事でもあったのだろうか。
「あっ、シアンに頼みたい事があったんだ」
「何ですか?」
「俺は術を習ってみたいから、ミネアに頼んでくれないか?」
「なっ――あたしはそういう意味で言ったんじゃ……」
「ミネアちゃん、お願いしていいですか?」
しばらく、ミネアは惚けた顔でシアンと見つめあった後、俺を睨みつけてくる。
「いいわ、あんたの修行に使いってあげる……でもね、あたしは駄目な奴を助ける気はないから、できないと判断したらすぐに見捨てる。それでもいいって言うなら、構わないわ」
「見放されないように、全力で頑張ってみるよ」




