狂魂槌を持ちし者Ⅰ
成り行きで手に入れたとはいえ、この槌は飽くまでも店売りの品なのだ。普通に考えたら返却するべきだろうか。
そんな風に悩みながら、俺は槌を眺めていた。
すると、事前にミネアが掛け合ってくれたらしく、昼頃にシアンが俺の部屋へと訪れる。
「こんにちは、カイトさん」
「おっ、こんちゃ」
少し警戒してみるが、一向にミネアが現れない事に一安心していた。
ミネア自体はいい子であり、さほど嫌いなわけでもないのだが、少しばかり激しいスキンシップを好む傾向があるので疲れている時には会いたくなかったりする。
「えっと、ミネアちゃんから聞いていますよね?」
「うん、この槌の正体とか、俺が平気な理由とかって」
シアンは何度か頷き、俺のベッドへと座り込んだ。
「単刀直入になりますが、その槌は人を狂わせる効果があるみたいですよ」
「ん? それって前も言っていなかったっけ」
ライアスとの戦いに赴く前だったか、どうにも記憶が曖昧ではあるが。
しかし、シアンは首を横に振った。
「あの時は推測でした。ですが、今はその専門家に聞いて、断定できています」
「専門家? シアンにそんな知り合いがいたんだ」
「いえ、友達に頼んで、聞かせてもらいました」
さすがに姫様、そういう人脈の広さはあるのだろう。それにしても、友達とはどんな子なのだろうか。
「本当なら、カイトさんは犠牲者さん達と同じように、槌に制御を奪われるはずでした」
「…………これって、そんなに危ないものだったの?」
「そう、らしいです」
その後、シアンは長い時間を掛けて説明してくれた。
どうも、この槌は使用者の精神に影響を及ぼすらしく、武器として使用していく度にその効果は加速していくという。
それが原因で犠牲者達は暴走し、あのような狂行をするに至った。
ここは俺の推測になるが、あの槌を渡していたのはライアスだ。意図的に槌を渡し、それによって狂った相手を反撃で殺す、という目的があったならば辻褄が合う。
結局のところ、殺人自体を許せなかった俺が叩きのめし、兵士や警備隊員を殺した罪が追求されたが。
閑話休題、重要なのがここから先だった。
「考え難いのですが、カイトさんはその効果を受けづらい体質だと思います」
「異世界人だからかな?」
「それが、異世界人だと余計におかしいんですよ」
「おかしい?」
シアンは落ち込んだような顔をすると、語りだす。
「ミネアちゃんの事は知っていますよね」
「そりゃ、何度も見ているからね」
「あの子は、カイトさんからすればただの子供でしかないですが、この世界でも五指に入る程の使い手なんですよ」
「へぇえ! ミネアってそんなにすごい子だったんだ」
純粋に驚いた俺とは対照的に、シアンは困惑した様子で再確認をしてくる。
「あの、信じるんですか?」
「えっ? 違うの?」
「いえ、本当なんですけど――えっと、そういう風に生まれながら特殊な才能を持っている人がいるわけです」
そこで俺はようやく気付く。
つまり、俺もその選ばれし才能を持った人間という事なのだろう。
「やっぱり、俺も勇者だったんだね」
「えっ……たぶんそうですね」
若干否定される節を見ていただけに、この反応はどうにも奇妙に見えてしまった。
「ほんと?」
「はい、カイトさんは普通の人間じゃないですよ、たぶん」
昂ぶる思いに押され、俺はテンションをアップさせる。それと同時に、槌を持ったまま部屋の外へと駆け出してしまった。




