歪んだ正義と正しき独善Ⅳ
キリクは半ば強制的に能力を使わされるが、それでも攻めに転じる事はできなくなっていた。
カイトは時間停止の結果さえ予測し、キリクの移動範囲ないに攻撃を打ち、時間停止中にも関わらず攻撃を命中させていく。
それですら使わないよりはマシという辺り、神器に身を任せたカイトの実力が明らかにおかしい事が明白となった。
退かぬなら、どんな手を使ってでも倒す、それがカイトの願いである。
自分には待っている人がいる、だからこそ死ぬことが出来ない。
かつてとは大きく異なった思考だけに、キリクを意図的に傷つけるような真似をしていた。
カイトは察したのだ。キリクはどんなに傷つこうと、自分の絶対的な正義を曲げる気はないと。そして、その状態で戦い続ければ、確実に自分が負けるとも。
ならば、キリクが死亡する前にカイトが制圧すれば、死者は一人も出ずに解決する。
狂気に取り込まれるという、完全博打を打っただけに、その正常な精神状態で考えられた事は真っ当であった。
ただ、それも大きな賭けであり、自己犠牲でもある。
狂魂槌によって狂った者を何人も見たカイトからするに、この行動は生き残ったとしてもカイトという人格が消え去る危険性すら孕んでいるのだ。
守りたい世界を守り、結果としてその一部である自分さえ切り捨てる。その理由がこの戦いに勝利するだ
けではなく、キリクを殺さずに倒すという目的に繋がっている辺り、彼の理想は昔のままに高い。
次第に狂魂槌の表面は筋肉に覆われていき、叩きつけるというよりは砕き、抉るといった形状への移行をしていった。
槌とピッケルを混ぜたかのような、歪な形態。殺すだけではなく、相手を苦しめ、肉体をえげつなく加工する為とすら思える外観。
空振りに終わる一撃すらも、地面を粉砕し、石礫などでキリクを攻撃していく。それどころか、塵による切り傷や余波ですら攻撃となりうるのだ。
まさしく無双、攻撃に全てを費やしたかのような能力の強化具合。
「負に堕とすとは思いもしなかった」
「こいつはどうにも、そうある方が普通みたいだからな」
「手を選ばぬ無謀な者など、厄介でしかない」
「ならば退いてもらいたいところだ。このままなら、本当に殺すぞ」
殺意がカイトの内にも現れ出し、明らかに回避させる気のない一撃を打ち込む。
「殺すか。いい言葉だ……後先諦めた私からすれば、そうなろうとも後悔はない」
「なら死ぬか? 殺されたいのか?」
「死にたがりではない。貴様を消せれば、自分が死のうとも構わない――それだけの事」
互いに互いを理解し合えず、槌と槍は幾度として衝突する。
神器が負に堕ちた以上、キリクの滅魂槍とはそもそも強さの次元が変わっているだけに、一方的な打ち合いとなっていた。