歪んだ正義と正しき独善Ⅰ
――今より十数年前。
「キリク、とても残念だよ」
暗い一室、机一つを介して老人と仮面をつけたキリクが向かい合っていた。
「私は間違った事をしたつもりはありません」
「そうだ。君は人間として正しい事をした。とても素晴らしい正義感にあふれた行動だ。しかし、それは冒険者としては間違った行動だ」
これは、キリクはまだ冒険者だった時代の記憶。
右手の甲には銀色をした宝石が埋め込まれている。それは冒険者の中でも上から三番目の証だった。
「幸い、今回は相手の非を追求できた。故に、君を無罪放免する事は難しくない……だが、それでは別の貴族の心証を害しかねない」
キリクはこの件、貴族による領地内の村人虐殺事件を解決している。
数百年前までは暗黙の了解で許されていたそれも、今では立派な犯罪行為。
だからこそ、このキリクの行動には間違いはなかった。
ただ、老人の告げた言葉の通り、理由がどうであったとしても冒険者が貴族の行動を妨害する事は許されない。
仕事の大半は雑務手伝いと慈善事業風ではあるが、名の通りに冒険者ギルドは危険な仕事も受け負っているのだ。
依頼者から受け取る報酬だけでは成り立たない程に大規模化した結果、貴族を後援者としていく他に手はなくなっている。
カイトの世界で言えば警察的な側面を持つ冒険者ギルドへの支援は大きな意味を持ち、事件の見逃しなどもそれに含まれているのだ。
今回は早期に善大王が加入したからこそ、貴族の親族から発せられた異議申立ても鎮圧させられたからこそ、このような処置になっている。
もしも、そうならなければ冒険者の処分さえ考慮に入れられてくる程に、貴族への優遇は強かった。
「正義はないのですか?」
「正義だけでは飢えて死ぬだけだ」
「……かの英雄、カルマは正義に生き続けた、と伝えられています。冒険者ギルドでも、それと同じく」
「当時と今とでは事情が違う。数百年前の事を物差しにするのは、少々大人げないと思うが」
冒険者カルマ、それは冒険者ギルド創設当時に属していた、歴代最強の冒険者の事である。
強さもさる事ながら、正義をもっとも重んじていた事は各地の伝記にも残されている事から明白。彼女への憧れから冒険者になる者も多いという。
「本題に入ろう。キリク、君は今日から《雷光の悪魔》を名乗れ。それで貴族へは示しがつく」
《悪魔》、それは《魔女》と同等に悪名高い冒険者に与えられる二つ名。男女両方を含んでいる為、魔女とは場合によって使い分けられている。
「その地位に甘んじれば、私は今まで通りに動けるというのであれば」
「残念だが、それはおすすめしない。次も善大王が関与するとは限らない……貴族と関わらなければ構わないが」
その時から、キリクは冒険者ギルドに絶望し、事実的な脱退を行った。
ただし、キリクはそれまで多くの功績を積み重ねていたからこそ、無所属扱いとなった後でも仕事は受けられている。
正義を重んじたからこそ、排他され、正義の元で生きたいが故にキリクは《イーヴィルエンター》に所属した。
これこそが、《雷の月》が世界を諦めた理由。
正義すら真っ当に体言できない世界に未練などはない。キリクはそう断じ、正義の為、悪に身を窶した。