魔界の四天王Ⅷ
数日後、カイトは旧封印地点の傍で警備に当たっていた。
「カイトさんっ! せっかく勝ったんですから、もっと楽しそうにしましょうよ。ねっ?」
ニオが話しかけてきた事で、カイトは我を取り戻す。
「ん……ああ、そうだね」
「あとは封印が完了するまで待つだけですし、今日はお弁当を作ってきましたよ」
世界各地に散らばっていた魔物は次々とこの地へと襲来してきたが、最高戦力を積んでいるこの場所での敗北はあり得ず、数日間は反撃を続けていた。
カイトは魔界から現れる魔物の担当ではあるが、当然ながらそのような個体はいない。
向こう側からでもこちらの情報は少し分かるのだろう。
既に、この戦争の決着はついているのだ。
それであっても、カイトは釈然としない様子で弁当に手を付け、魔界への道を眺める。
「あとどれくらい掛かるのかな」
「もう少々という話ですよ。封印が開始されれば一瞬で穴が塞がれるかと」
「四年かぁ……大丈夫なのかね、それで」
「いえ、実際はもっと持つらしいですよ? 今回は善大王様が施す封印ではないのでここまで掛かっていますが、その代わりに封印期間も多少は伸びるとの事です」
善大王の場合は一瞬で封印が完了するという事を考えれば、四年周期でも優れていると言えるだろう。そもそも、このような封印の破壊は今まで類を見なかったので一概には言えないが。
「ま、これで戦争が終われば平和になりますね! そしたら今度こそずっと隠居ですから!」
「はは、分かっているよ。我儘に付き合わせちゃったからね」
カイトは心の底から笑っていたが、何処かで強い不安を覚えてもいた。
――あの蠍が呟いていた言葉、あれは本当にハッタリだったのか?
この世界が滅びれば、蠍の魔物はそう言い残し、討伐されている。
その言葉を聞いた人間はカイト以外には存在せず、ダーインすらも深くは聞き入れようとしなかった。
しかし、カイトは依然として警戒心を解く事もなく、周囲に気を配っている。
そんな時、僅かだが奇妙な感覚がカイトに襲いかかった。
「……ニオは俺の代わりにここを見張っていてくれないかな」
「どうしたんですか?」
「トイレだよ。ちょっと用足してくるから」
「あっ……はい、じゃあ見てますね」
それだけ言い残すと、カイトは一人で森の奥へと入っていく。
一度は戦場にこそなったが、この森は無事に残っていた。
正確には、元々の総量が多かった為、かろうじて残ったと言うべきだが。
森の中に足を踏み入れた途端、カイトは狂魂槌を構えて人の気配を感じた場所へと駆けていく。
森の中、木々の茂らない天然の広場に、その者はいた。
「あの時に殺し損ねた時点で、貴様とは縁があるようだ」
「なんなら友達にでもなるかい? 白旗掲げろとか両手を上げて降参しろ、なんて事は言わないから」
カイトはキリクを見ながら、降伏を要求している。
「戯け……戦争は終わっていない」
「終わりなどはないさ、と言いたいのかい? もう終わらせる事はできるけどね」
鼻で笑うカイトに対し、キリクは困惑したような声を漏らした。
「何の事だ」
「こっちの世界じゃ伝わらないジョークだね。向こうの世界でも、若い子はもう知らないんじゃないかな、この歌」
雑談こそしているが、二人の間に和気藹藹とした雰囲気は一切ない。常に緊迫し、共に警戒し合い、口だけで小突きあっているのだ。
「ダークメア様は敗北した――が、この世界を滅ぼす準備は既に完了している」
キリクの一声で、カイトは言葉を失う。
――まさか、あの魔物が言っていた事は本当に……。
カイトが感づいたのと同時に、世界全体に響く程の、大きな震動が襲いかかった。
キリクは平然とした様子で槍を杖代わりにしているが、カイトは不意の揺れに対応できず、片膝をつく。
次の瞬間、カイトの瞳には映るはずのない物が映り込んでしまった。