受け継がれる精神Ⅵ
触手による攻撃を受けながらも、カイトはその全てを容易に回避していった。
船体に影響しかねない重い攻撃に対しては、槌による反撃を浴びせ、守り抜いている。いくら自身の命を軽んじているとはいえ、判断自体は鈍ってはいなかった。
砲撃を幾度も受け、魔物も疲弊し出した頃、カイトはトドメの為に前進する。無論これは、シアンの命令とは違った行動だ。
『カイト、動かないでくださ――』
刹那、蛸型魔物の瞳が妖しく光り、黒い墨状の液が発射される。
墨の軌道はカイトの心臓に向っていた。
認識こそできているが、既に船から飛び降りており、空中対空状態では回避も不可能。
しかし、カイトには失態をしたという表情は現れず、諦めたかのような間の抜けた顔だった。
突如としてカイトは奇妙な力を受け、通常よりも早く落下する。
それにより、攻撃目標は逸れ、九死に一生を拾った。
「ライアス……どうして」
「祖国の為だ。貴様を助けたつもりはない」
そう言った途端、ライアスの腹部にすさまじい鋭さの黒い液体が着弾し、同じく降下してきていた彼の体は船に叩きつけられる。
「……死者の意思など継ぐな。カイト、貴様は自身が思った通りに戦い……その為だけに生きろ――終戦だけが、目的ではなかろう」
そこまで聞いた時点で、カイトは海へと落ちた。
未だ無傷の体、最後に耳にしたライアスの言葉、それらは水中の浮遊感を無視して沈んで行く。
――あのライアスが俺の為に。
カイトは弛緩していた筋肉に力を込めた。
――終戦を願っていたはずのライアスが、それ以外を願うなんて。
閉じていたカイトの目は見開かれ、彼の足は動きだす。
――今はまだ分からないけど、死んでなんていられない。
水面へと飛び出したカイトは、触手を足場に進んでいき、蛸型魔物の頭部へと迫っていった。
だが、再びとばかりに墨が放たれ、カイトは回避を余儀なくされる。
足場は安定せず、その状態での高速射撃。
――軌道は見えた。なら、回避できる。
狂魂槌はカイトの訴えを表すかのように、衝撃波を周囲に拡散させ、墨の勢いを完全に相殺した。
駆ける足を止めず、蛸型魔物の頭部へと到着したカイトは一つの想像を明瞭にしていく。
軟体ですら一撃で葬る、圧倒的な破壊の象徴。
槌を振り降ろすと同時に、周囲の水面には巨大な波紋が浮かび上がった。
衝撃波の如く鋭さを帯びた、超重量の打撃を受け、蛸型魔物の生命活動は停止する。
予想を遥かに上回る破壊力に驚きを覚えたカイトだったが、すぐにその力の正体を理解した。
「この狂魂槌は衝撃波を出す神器なんかじゃなかったんだ。本当は力を集約して、それを放つ能力……何で気付けなかったんだろう」
使用で感覚を掴んだらしく、理論は分からずとも何が起きたのか程度は把握していたらしい。
カイトの言った通り、今の現象は圧縮されたカイトの《導力》を打つ事で成立した強力な物理攻撃。魔物を一撃で葬るなど、造作もない程の威力だ。
『カイト、ただちに救護船を寄こしますね』
「ああ、頼むよ」
声が届いているかはともかくとし、カイトはシアンへと返事をする。
それからすぐに小型の救助船が到着し、旗艦へと無事に戻る事となった。