火の玉少女と王宮の騎士Ⅴ
既に調査が終わっていると分かっても、きっと俺にしか分からない事がある。そう考えて、犯人が逃亡していった窓の付近を捜しまわった。
靴跡が発見できれば、極僅かとはいえ範囲を絞れるはず。国外の来訪者であれば照合が出来ないので無意味になりかねないが。
地面ばかり見ていたからか、誰かにぶつかった。相手が分からないとはいえ、こうした場合にする事は決まりきっている。
「あっ、すみません」
「謝ればいいというものではないだろう」
顔をあげてみると、紫色のブレストアーマーが目に入った。兜を付けていない辺り、警備隊や兵士ではなさそうだが。
男は鎧に付いた汚れを払うような所作をし、「平民風情が貴族の装備を汚したのだ、死んで詫びてもらう」と言い、腰に差していた長剣を抜き放った。
「今は犯人の捜索中だから、せめてその後にでもしてほしいんだけど」
「そんな事は知っている。どこの馬鹿が仕出かしたかしらんが、帰還早々に面倒な話だ」
お茶を濁しつつその場を立ち去ろうとしたところ、背後から冷ややかな鉄が接近してきた事に気付く。
「それで見逃す理由にはならない。どこの田舎者かは知らんが、ここで始末する」
案の定と言うべきか、この世界では格差があるようだ。それも、相手が平民ならば殺してもいい、というレベルの理不尽な格差が。
「俺は兵長に事件の詳細を告げてから、こうして調査をしているんだよ。こちらが悪かった事は認めるし、謝るよ……申し訳ありませんでした」
そこで一度間を開け、続ける。「だけど、部外者とはいえ事件を知っている人間が殺されたとなれば、あなたが無用な疑いを受けるかもしれない。ここは水に流してくれないかな」
「こちらは外部からの侵入者の説が濃厚と聞いている。ならば、近日に現れたというお前が怪しいだろう」
それについては事実だが、俺が犯人という節は考えられない。
「犯人は細剣使いだから、きっと貴族か戦闘経験のある人だと思うんだ。すぐに急所の一撃を打たないで、相手を無力化しようとしてたし、俺じゃあの芸当は真似できないよ」
「それだけか?」
「あと、第一発見者のメイドさんも犯人とは別に俺を見ているから、証拠になると思うよ」
「私が言いたいのはそういう事では――」
「ライアスさん、カイトさんは無実ですよ」
貴族の男――ライアスの言葉を遮ったのは、他でもない、シアンだった。
「姫様、相変わらずお美しい」
「そんな、私はまだ子供ですよ」
どうやら、ライアスはシアンに興味があるらしい。中世だけに、年の差カップルなども普通にいるのだろうか。俺には理解できないが。
「……えっと、それでカイトさんの事ですが」
「お茶に付き合ってくれたならば、見逃しましょう。このような小汚い平民に触れられた事は気に食わないが、姫様と同じ時を歩めるならば、刹那の憎悪など忘れられるでしょう」
シアンは俺を軽く見た後、ライアスに向かい合って笑みを浮かべた。
「はい、お供させてもらいますね」




