受け継がれる精神Ⅲ
城に搬送されたカイトが一番最初に見たのは、心配そうな顔をしているニオだった。
「ニオ……」
「何日帰ってこないと思ったら、こんな無理をしてたんですね」
「…………無理なんかしていないよ。ただ俺は、託された願いを果たそうと、無我夢中になっているだけなんだ」
聞こえこそは良いが、ブラストがこのような無茶を願っていたとは考えづらい。
「それでも、こんな事続けていたらカイトさんが死んじゃいますよ!」
「俺は死なないよ。ニオとも約束したからね……あと、死ぬような気がしないんだよ、どれだけ無謀な事をしても」
「だからって……」
「しばらく方っておいてくれないかな。ニオの事を嫌いになったわけじゃないからさ」
内から出る戦闘の欲求を抑えきれず、カイトはニオを追い払おうとした。そうしなければ、嫌われてしまうと恐れて。
「いいえ! 私はカイトさんの傍にいます! 戦場がだめでも、こうして帰ってきたときにはおかえりなさい、って言います」
「……ニオに俺の気持ちが分かるの?」
その言葉の後に、長い沈黙があった。
「守れたはずの人を見捨て、見殺しにした俺の気持ちが分かるのか?」
その声には、憎悪の感情が色濃く現れている。
後悔の念、忘れようとしているにもかかわらず、傷を抉るように踏み込んできたニオへの怒りとして。
「俺を責めたいなら後にしてくれ。戦争の後なら幾らでも聞くから」
「私にそんなつもりは……」
「なら構わないでくれないかな」
あまりにも冷めた様子をしたカイトを前にして、ニオは僅かだが後ずさりをした。
だが、彼女は止まらない。
「なら、カイトさんには分かるんですか?」
「……」
「カイトさんに――あなたに何が分かるんですか! 大切な人を失った私の気持ちが、あなたなんかに分かるんですか?」
「ニオは見ていないじゃないか。選択もなかった。でも、俺は救う道を選ぶ事もできた。それなのに出来なかった! 臆病な自分の選択が許せないんだよ!」
「なら、カイトさんは死にたいんですか?」
一度会話が完全に止まった。
カイトもそこまで考えていなかったのだろう。それ故に、不自然な停止が部屋全体を包み込む。
「……この戦争を終わらせる為なら、死ぬ事も怖くない」
「カイトさんの馬鹿! なんでそんなことを言うんですか!」
「だって、ブラストはそう願って、俺に願いを託したんだ。生き延びた人間が死者に出来る餞は、その意志を継ぐ事だけなんだよ。だから俺は――」
「私は大切な両親も、村の人達も、故郷さえも失ってしまったんですよ。もう、私の大切なモノが壊れてしまうのは嫌なんです」
涙を流し、鼻をすすりながらニオは告げる。
あの時、カイトと共に逃げ出したあの時から、ニオは変わっていなかった。
自己中心的に幸せを願い、この世界がどうなろうともカイトと一緒にいたいと思い続けている。
「ニオ、俺は――」
「今は良いです。言いたい事だけはいえましたから、カイトさんの言うとおり出て行きます」
カイトの言葉を待たずして、ニオは治療室を出て行った。
部屋の静寂はよりいっそうに強まるが、カイトは目を閉じる事なく天井を眺め続ける。