受け継がれる精神Ⅱ
「凄まじいな……」
「敵に回さなくよかったな」
即興の部隊に回されたカイトはシアンの予想通り、捨て身の攻撃を繰り返していた。
まさに鬼神の如く、怒号をあげながら槌を振り上げ、魔物を次々と葬っていく。
赤く脈動する狂魂槌はそうした彼に同調するように、いつも以上に素早く、そして重たい一撃を放った。
どれだけ戦いに慣れても、カイトは成長していない。
感受性が強く、平和な世界に生まれただけに、死に対する忌避感が恐ろしく強いのだ。これに関しては幾度繰り返しても治る事もない。
戦いが終わり、カイトは水の国に搬送された。
傷の具合は悲惨なものであり、所々に風穴が空いている。
それで大型魔物七体を倒し、小型にいたっては四十体以上討伐しているという時点で正気ではないのだ。
その実力は平時のカイト以上ではあり、戦い方のいすら鋭さがある。
死を糧に成長したとも見えるが、これに関してはそうでないと断定出来た。
傷の回復速度、痛覚遮断、予測の鮮明さ、どれをとっても明らかに前とは違っている。
それはつまり、《水の月》としての能力が向上している事を指していた。
搬送された頃には、カイトの傷は幾つかが完治し、風穴すら治癒が開始されている。
それを見た医者達は困惑し、どういった治療を施すべきかで話し合っていた。
「これでは報告と違うが」
「とりあえず現在確認できる傷を……」
「……治癒にはどれくらいかかる」
カイトは目を閉じたまま問う。
「負傷部位の特定、治療までの時間を考えれば夕刻頃かと」
「なら適当な傷薬を処方してくれないかな」
防衛部隊、攻撃部隊、どちらにしても応急処置用の薬が存在していた。
術による治癒と比べれば明らかに劣り、カイトの世界の薬よりは効能も落ちる。
それでも、軽い傷ならば治療ができると判断していた。
「俺は今すぐにでも戦わなきゃならない。さっさと出してくれ」
「次回はきちんと調べさせてくださいよ」
「分かっている。ありがとう」
傷薬を受け取ったカイトは診療台から起き上がり、再び戦場に戻った。
こうした無茶な戦いを幾度として行いながらも、彼は全てに生き残っている。
強いが故に、死ぬ戦いというものが無かったのだ。
治療をおろそかにしようとも、肉体が彼の死を許さない。痛みを消し、自然とは思えない速度で傷口が塞がっていく。
約一週間後、狂魂槌に明らかな変化が現れだした。
非生物であるはずの武器に、赤い血管がいくつも浮き出している。
それどころか、閉じた瞼のような文様が追加され、銀色だった槌本体も僅かだが赤みを帯びているように思えた。
それはまるで、戦う為だけに武器を振るう、鬼神としての彼を投影したような形状にも見える。
以前は赤の他人を殺した。
今回は、親しい仲間を見殺しにした。
命は数字では表せない。駒のような価値の差はなく平等と語っていたカイトも、無意識で優先順位を付けていた。
今、まさにこの時、気付かないまでもカイトはかつてのニオと同一の考えに陥っていた。
違うのは力。違うのは、生に対する渇望の差。
一度客観的に見た現象とはいえ、カイトからすれば初めての経験。
そして、今の彼に自分を冷静に見つめ直せるはずがなかった。