雨中の敗走Ⅷβ
――同刻、主戦場にて。
「ライアス、腕は落ちていないようで安心した」
「だが、その腕も死ねば意味はないでしょう?」
部隊内に死者は出ていないが、戦闘不能者は一割を超えている。戦術的には敗北の一歩手前と言ったところだ。
あの後、後方から追撃を続けていた魔物が追いつき、優勢は一気に崩れさる。
幸いだったのが、攻撃部隊の戦闘経験があった事。魔物と対峙しながらも各個撃破を続け、どうにかここまでは凌ぎ切った。
しかし、それも限界に達しつつある。
そんな時、空に流星の如く、橙色の光が煌めいた。
その光の尾を引いて現れたのは、白い法衣に身を包んだ一人の男だった。
「フィアから事情は聞いていたが、ここまでひどいとはな……」
「善大王……何故ここに来た?」フォルティス王は唸るような声で言う。
「何故? そりゃ救いを求める者がいるからだろ」
善大王は軽口で返すが、フォルティス王にいつものような余裕はない。
「くだらない善意、昔はそう返されたが、少しは気持ちが変わったか?」
「馬鹿な、変わるはずがないじゃないか。戦うべき者こそが優遇されるべきだ。弱者はそれを支えるだけで十分」
「その結果がこれだ。もっと民から愛されていれば、冒険者からでも支援は来ていたはずだが……それもたらればか」
突然の襲来に驚いていた敵兵達も攻撃を再開し、武器を構えた。
すると、橙色をした光の線が彼等の最前線に向って振り降ろされる。
大地は抉られ、攻撃の為の一歩を進めようとしていた敵兵達は竦み上がり、相手の侵攻は完全に停止した。
「いまライトが話しているの。邪魔するなら、そのまま消し去るから」
カイトの世界で言う、アラビアン風の儀式衣装をまとった少女が遅れて現れ、警告を発する。
「おっ、早かったなフィア」
長い金髪、白い肌、空色の瞳。善大王の口からも出ていた、フィアその人だ。
「《聖極の退魔官》と《大空の神姫》が救援に来てくれたぞ!」
「これなら勝てるかもしれない!」
否定的なフォルティス王とは裏腹に、攻撃部隊の面々の士気は劇的に向上している。
善大王と《天の星》という、この世界においての最高位に位置する者達だけあり、たった二人だけで大型魔物の大群を撃ち払う事は造作もない。
「にしても、フィアのその正装は露出度高いよなぁ」
一応は《天の星》としての正装であり、儀式や祭典では使われている衣装だ。
しかし、橙色に染色された若干透けている薄い布が所々に使われており、布の面積も圧倒的に少ない。
最高権力者の発言としては異常だが、一般的にはその通りな意見とも言えるだろう。
「まぁ、少しは恥ずかしいけどね。それはそうと、もう片付けちゃっていい?」
「出来れば無力化しろ。それと、余力があれば怪我している奴を治療してやってくれ」
「うんっ! ライトがそういうなら両方とも全力でやるからね」
多勢に不勢の戦場においても、フィアは善大王の腕に抱きつき、甘えるような仕草を見せる。
「こちらは善大王の意見を汲む気はない」
「分かっているさ。でもな、少なくともこの場は収めなきゃならない。政治的な決着はまた後でも出来るさ」
フィアは周囲に《魔導式》を展開し、次々と敵を倒していく最中、治療も着実に行っていった。
「ま、少なくともここは任せておけよ。魔物を退治するのも、善大王の定めだしな」
鈍色の瞳をした魔物――おおよそ二十体程は見えるが、善大王は一切怯える事もなく、素手で歩み寄っていく。
「フィア、今は使っていいよな?」
「……聞くまでもないよね? 使ってほしくないけど、戦争中だし」
「念の為に確認しただけだ」
小型の羽虫型の魔物が接近してきた途端、右手甲に刻まれた紋章が赤く煌めいた。
「《救世》」
その一声の後、白い絹糸のような光が右手を起点に幾つも放たれ、繭を構築するように全ての魔物を包み込む。
刹那、脈動するような閃光が輝き、光の線は魔物と共に対消滅していった。